NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

肝移植後に「保険不適用」判断、厚生労働省の基準が不明確のため

肝臓癌に対する生体肝移植に、後に医療保険が不適用にされるケースがあるという記事。記事はよく書けている。強いて言えば、タイトルがやや不適切。「患者に高額請求続出」が問題なのではなく、厚生労働省の基準が不明確だったのが問題である。


■肝移植後に「保険不適用」判断、患者に高額請求続出(読売新聞)


 大人の肝硬変・肝臓がん患者に対する生体肝移植の保険適用は04年から始まった。厚労省はこの際、保険は原則として、移植後の生存率が高い患者に適用するという方針を取り、国際的基準をもとに「3〜5センチのがんが1個、または、3センチ以下のがんが3個以内」という基準を定めた。
 わが国の肝臓がん治療は肝臓の部分切除のほか、がんに栄養を送る血管をふさいだり、電気熱で焼いたりする治療をまず行うのが一般的。各病院では、肝硬変の進行などによりこれら事前治療では対応できなくなった段階で移植に踏み切ってきた。
 事前治療で消したがんの数も、保険適用を判断する際にカウントするかどうかは基準には明記されていないが、厚労省は「事前治療で何度もがんを消した後の移植の効果は、検証が不十分で、安易に保険適用は認められない」として、原則として過去に消したがんを数えている。
 一方、各病院は「移植の時点で基準内であれば、保険が認められるはず」と反論。不適用とされたケースはすべて、保険審査機関への不服申し立てが行われている。


「5cm1個または3cm3個以内」というのはミラノ基準と言われる。ミラノ基準内だったら保険適応になるはずと思いきや、治療歴があったら保険適用にならないというのが厚生労働省の主張。問題点は2つ。


1. 治療歴があったら保険適用にならないのなら、いったいどういう患者を対象にするのよ?
2. 百歩譲って、治療歴があったら保険適用にならないのはいいとしよう。だったら最初から言えよ。


肝臓癌の一般的な治療は、記事にもあるように、可能なら部分肝切除、肝切除が無理なら、血管から抗癌剤や血管を詰める薬を入れたり、腫瘍に針を刺してエタノールを注入したり焼いたりする。肝予備能の低下、つまり「これ以上なんか治療したら肝臓の機能が落ちてやばくね?」という段階で(もしくはその段階へ移行するのが高い確率で予測できるときに)肝移植を考える。まあ当然そうだよな。最初から、肝移植のような金のかかる、ドナーの負担もある治療法を選択するのは非合理的だ。

というわけで、肝移植を考える肝癌症例は治療歴があることのほうが多い。治療歴がある肝癌患者を保険対象外にすると、保険適応となる患者は数が限られる。まあ、厚生労働省は医療費の削減を目的にそうしたいのだけど。ちなみに、自己負担でき、ドナーがいれば自費で肝移植は可能である。600万-3000万円かかると聞いた。幅があるのは、術後のトラブルでICU管理が長くなればそれだけバンバンお金がかかるからだ。「自費で1500万円までは出せます」という人は微妙である。術後のトラブルがどれくらいあるかは、手術を受けてみないとわからない。

保険診療だと3割負担で、しかも高額療養費制度があるから、1ヶ月で自己負担は8万円くらい。場合によっては+αの治療費がかかることもあるが、それでも全額自費と比べてかなり差がある。今後、初発の肝硬変・肝癌患者は究極の選択をせまられることになる。最初から保険診療内で肝移植を受けるか。それとも、一般的な療法を受けるか。肝移植はリスクもあり、ドナーの負担もある。できればまずは一般的な治療を行なって、その効果が乏しくなったところで肝移植を考えたいが、それでは「肝癌治療歴あり」ということになり保険が利かない。

厚生労働省の言い分もわからないではない。肝癌患者はごまんといるわけで、ミラノ基準内でありさえすれば保険診療内での肝移植を認めると、医療費がかかりすぎる。そういうこともあって「肝癌治療歴があったら保険適応にならない」などと後から言い始めたのだろう。肝癌に対する肝移植症例が増えることなんか分かりきっていたのだから、最初から、治療歴ありは保険適応外と明文化しておくとか、あるいは年齢制限を厳しくするとか、施設当たりの症例数の上限を決めておくとか、対策を立てておくべきであった。「治療歴ありは保険適応外」などと一言も言っていないのに、医療費を請求したら「安易に保険適用は認められない」などとは後だしジャンケンもいいところである。さすが梯子を外すのが得意なだけある。いまさら患者に請求するわけにもいかないから、医療機関が肩代わりすることになる。

現在(2007年3月)では、肝癌治療歴ありの場合は全額自費であると説明し、経済的な理由で肝移植を見送るケースもあるが、それは仕方がない。これまでだってミラノ基準外の肝癌患者は、全額自費で肝移植を受けるしかなかったのだ。肝移植のような特殊な治療を保険適応にするかどうかについては議論があってしかるべきである。移植医療に医療費をつぎ込むぐらいなら、別のことに金を使うべきという意見もあるだろう。基準を厳しくするというのも当然ありだ。どこに線を引くかに意見の違いはあっても、線を引くことに反対する専門家はいない。ただ、線を引くなら明確に引いてくれ。


追記(2009年3月10日) 現時点では、ミラノ基準判定は、肝移植前の1カ月以内の造影CTで判断する。MRIや血管造影やCTA/CTAPでミラノ基準外だったとしてもOK。もちろん術後に病理でミラノ基準外が判明してもOK。また肝癌治療後であっても十分にコントロールできていれば肝癌の数に数えない(治療後3ヶ月の造影CTで判定)。だいぶ、保険適応されやすくなった。以上、ソースは外科の先生から聞いただけで裏はとってない。