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神経性食欲不振症の死亡率は意外に低い?

神経性食欲不振症(anorexia nervosa)は、若い女性に多く、食行動の異常、極端な低体重、体重や体型に関する認識の障害を特徴とする。拒食症とも呼ばれることがある。精神疾患の一種とみなされているのであるが、id:macskaさん経由で、神経性食欲不振症を「病気」ではなくライフスタイルの「選択」であると捉えなおすというプロアナという概念があることを知った。詳しくはid:iDESさんの■プロアナ(Pro-ana)(sociologically@はてな)を参照。プロアナについては興味あるところであるが今回の主題はそこにはなく、神経性食欲不振症の死亡率についてである。


■プロアナ(Pro-ana)(sociologically@はてな)のコメント欄


フェミ業界ではプロアナの評判は悪いですが、わたしは社会的権力を持たない人たちが「自己コントロール感」を獲得するひとつのクリエイティヴな手段として断固擁護の立場です。危険だ危険だと言うけれど摂食障害で死ぬ人なんて米国全体でも年間100人もいないわけだし。かれらにプロアナを離脱させたければ、かれらではなく社会の側を変える必要があると思います。


■プロアナについての議論が進まない理由(*minx* [macska dot org in exile])


ちなみに、「年間100人もいない」というのを読むと「100人近くもいるのか」と驚くかもしれないけれど、実際のところそれほど多くないはず。死因に「拒食症」とはっきり書かれていることは滅多になくて、拒食症が原因で死んだ場合でも心臓マヒなどの他の死因が記録されることが多いので、「若くて極端に体重の低い女性の心臓マヒ」など拒食症が<疑われる>例を全て足していった場合にだいたい100前後になるというだけの話。実際のところ、そのうちどこまでが実際に拒食症のケースなのかは分からない。


むしろ私は、たったの100人もいないのかと驚いた。「拒食症が原因で死んだ場合でも心臓マヒなどの他の死因が記録されることが多い」のであれば、拒食症による死亡数は実際の数字よりも少なくカウントされてしまうのではなかろうか。私は「神経性食欲不振症は死ぬ病気であり甘く見てはならない。疑われる場合は専門家に相談すること」と習った。内科学の教科書で多分一番権威があるとみなされているハリソン内科学(日本語版・原著第15版)にはこうある。


神経性食欲不振症は精神障害の中でも長期的な死亡率のもっとも高い疾患の1つで、10年間の経過観察中に約5%の患者が死亡する。おもな死因は慢性飢餓状態に伴う身体的影響と自殺である。

根拠は1995年の論文*1。ちょっと古いか。他の日本語のサイトでは最大で20%と書いているものもあった。一方で、「死亡率数%というのは過大評価である」とするサイトもある(ただし、途中からは神経性食欲不振症(拒食症)ではなく過食症の話になっているのに注意)。


■ウエッブサイトでの工作摂食障害治療をうたう悪徳ビジネス


 現在では、思春期の発症の場合むしろ過食嘔吐を伴わない純粋な「拒食」のみの方の方が、適切な
介入が行われると予後がよいことが分かっています。さらに、過食症の死亡率はたいへん低いことが
分かっています。アメリカでの1999年のある報告によれば、10年間の追跡調査をした173名
の「過食症」の患者さんのうち、死亡が確認されたのはわずかに1名でした。時代背景や異なった病
状を持つ人をごちゃ混ぜにした粗雑な引用は本物の専門家は決してしません。どのみち、体重減少が
極端で中心静脈栄養などによる身体管理が必要な方や、激しい自殺企図を繰り返すなど高度の行動障
害を持つ本当の意味で生命に危険のある方が、某氏の施設にかかるわけがありませんから、「9%の
死亡率」という言葉を一人歩きさせて、悩みを持つ人の不安をあおる行為としか思えません。

ちなみに私はこのサイトの作者であるVeteran_2000さんとは個人的なメールのやり取りをしたこともあり、Veteran_2000さんを精神科医として信頼している。神経性食欲不振症の死亡率についての新しい情報をPubmedで調べてみた。といっても、"mortality anorexia nervosa"で検索してちょろちょろっとサマリーを眺めただけだけど。国も研究方法も違うんで当たり前かもしれないが、結論バラバラ。「死亡率じゃなくて慢性化が問題なのだ*2」、「標準化死亡比で10倍だ*3」、「未補正死亡率4.4%、標準化死亡比で3.3倍*4」、「標準化死亡比は0.71倍。死亡率は増えない*5」などなど。

議論の余地があるものの、10年間で5%の死亡率というのは過大評価であるようだ。おそらく過去の研究では、重症例を多くピックアップするというバイアスと、適切な治療が行われなかったという点において、大き目の死亡率になったのであろう。ただし全体的に見ればなお高い死亡率であるとしている論文が多い*6。「標準化死亡比0.71倍(ただし統計学的有意差はなし)」というのはアメリカ合衆国においての論文であり、お国柄も関係しているのかもしれない。ハリソンに引用された「10年間の経過観察中に約5%の患者が死亡する」という論文を書いた人*7が懐疑的なコメントをつけていたりするので読んでみたい。


*1:Sullivan PF. Mortality in anorexia nervosa. Am J Psychiatry. 1995 Jul;152(7):1073-4.

*2:Viricel J, et al. Retrospective study of anorexia nervosa: reduced mortality and stable recovery rates, Presse Med. 2005 Nov 19;34(20 Pt 1):1505-10.

*3:Birmingham CL, et al, The mortality rate from anorexia nervosa. Int J Eat Disord. 2005 Sep;38(2):143-6.

*4:Millar HR, et al, Anorexia nervosa mortality in Northeast Scotland, 1965-1999., Am J Psychiatry. 2005 Apr;162(4):753-7.

*5:Korndorfer SR, et al, Long-term survival of patients with anorexia nervosa: a population-based study in Rochester, Minn., Mayo Clin Proc. 2003 Mar;78(3):278-84.

*6:神経性食欲不振症の研究者は、「神経性食欲不振症は重大な病気ですよ。死ぬ病気ですよ」と言ったほうが研究費を獲得しやすいという点もある

*7:Sullivan PF.