NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

社会保障制度の隙間

前回に引き続いて暗い話題だよ。


■縦並び社会・格差の現場から:患者になれない
(毎日新聞)


 福岡市の男性(63)は昨年11月、全財産の2万5000円を握りしめ、激痛をこらえて病院に向かった。意識は玄関をくぐったところで失う。
 10代で大病を患い、重労働は難しい。この10年はチラシ配りのアルバイトをしながら独り暮らし。2年ほど前から年間約20万円の国民健康保険料を支払えなくなった。市から届いた1枚の「資格証明書」で、国民健康保険証を取り上げられたことを知らされる。「死のうが生きようがご自由にという宣告に思えた。それも自分のせいですけれど」
 3割の自己負担で済んだ医療費は全額負担に変わった。夏には何日も便が出ず、何を食べても吐いたが「治療代や生活費が心配で病院に行くのが怖かった」と言う。やっとたどり着いた病院の診断は大腸がんだった。

日本は国民皆保険で平等な医療が受けられるはずだったのに、なぜこんなことになってんだろう。生活保護であれば、医療費の自己負担はゼロであるが、「生活保護を受ければよかったのに」とは単純に言えない。働く能力のある人は生活保護を受けられない。生活保護を受けるほどでもない低所得者が、上記引用したような社会保障制度の隙間に落ちてしまうのだ。保険料は所得に応じて決められており、低所得者に対しては減額制度もあるのだが、不十分であるのだろう。

このあたりの保障が手薄だと、生活保護を受けないようにする自助努力の動機も失われてしまう。生活保護を受けている人が、仕事をして生活保護を受けずにすむようになったとたんに、医療費の自己負担や国民健康保険料の負担がかかってしまう。頑張って仕事をする代わりに、なんとか生活保護を受け続けようとしても当然だろう。社会保障がどれくらいが適切かは、確かに難しい問題だ。手厚くしすぎると自助努力を抑制する。ただ現状の日本の制度では、生活保護と比較して、低所得者にあまりにも手薄いように思える。負担できる人から取って、その分を負担できない人にあてるべきだ。

しかし、今の日本はまったく逆の方向へ行っているように思える。どうせそのうちに混合診療が解禁され、高額な医療は保険適用されなくなるだろう。民間の医療保険に入っていない人は最低限の医療しか受けられないことになる。当然、民間の医療保険に入れる人は、高所得で健康な人だ。この辺はこちらのブログに詳しい。

■クルーグマン:「自己責任化」によって健康保険問題が解決しない理由(macska dot org)

ほとんど全面的に賛成だけど、ただ一点。「(比較的平等なカナダ方式に近い医療保険制度を導入することを)台湾にできたのだから日本にも可能なはず」とあるけれど、そもそも日本は国民皆保険制度を持ち、カナダ方式に近い医療保険制度だったのが、最近になって崩壊しかけているという話なのだ。