NATROMのブログ

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患者の自己決定権

67歳の肝硬変の男性に対し、検査を怠ったためがんの発見が遅れたとして、札幌地裁は日赤と医師に計約3600万円を支払うよう命じたそうである。


■<肝臓がん>定期検査怠り死亡、日赤に賠償命令(毎日新聞)


 判決は「男性は肝臓がん発生の危険性が高く、病院側は当時の医療水準から腫瘍マーカー検査を少なくとも2カ月に1回、超音波検査を3カ月に1回行う注意義務があった」と指摘。「がんを早く見つければ長期の延命を期待できた」とした。
 判決によると、同病院は90年8月、男性をB型肝炎ウイルスによる肝硬変と診断。月1回の割合で診療し、99年7月末に行った約7カ月ぶりの腫瘍マーカー検査で、肝臓がんを疑う数値が出たものの、11月初めまで追加の検査をしなかった。男性は00年1月に死亡。遺族らは死亡5日前までがんと告知されなかった。

こらまあ、病院側が負けてもしょうがないな。と思いきや、日刊スポーツでは別の情報が。


■検査怠りがんで死亡、医師に賠償命令(日刊スポーツ)


 病院側は「検査を勧めたが断られた」と主張したが、笠井裁判長は「患者から断られた場合、検査の重要性を十分説明すべきだ。1度断られたことが検査を怠ったことを正当化するものではない」と退けた。

毎日新聞も共同通信も北海道新聞も「検査を勧めたが断られた」という病院側の主張を掲載していない。重要な論点だと思うのだが。

笠井裁判長のおっしゃることはごもっとも。でもね、結構これがたいへんなのよ。慢性肝炎や代償性の肝硬変では自覚症状がないことが多い。検査好きの患者さんであればよいのだが、そうではないと、受診や検査の必要性について理解してもらうのは骨が折れる。肝癌の発症リスクが高いといっても、たとえばC型肝硬変の場合、年率で7-8%といったところである。5年間でも半数以上の人が発症しない。5年間、毎月腫瘍マーカーを測られ、3か月に一回腹部エコーされて、半年に一回腹部CTをされる。でも、自覚症状はないし、検査では何も発見されない人もたくさんいるのだ。

当然、「何のために検査しているのかわからない」「もう検査しなくてもいいです」とおっしゃる患者さんもおられる。言外に、病院が儲けるために無駄な検査をしているかのように言う方もおられる。「検査の重要性を十分説明」して、理解が得られたらまだいい(検査のたびにまた同じこと説明するんだけどな)。それでも、同意が得られない場合は、無理矢理検査を受けさせるわけにいかない。外来のたびに検査を勧めていたら、「そげなこたわかっとる」と患者様に怒鳴られた。

外来に使える時間がたっぷりあれば、問題は解決する。何度でも「検査の重要性を十分説明」して、そのたびにカルテに記載すればよい。こういう判決が出た以上は、使える時間があろうとなかろうと、そうせざるをえないだろうが。「1度断られたことが検査を怠ったことを正当化するものではない」のなら、2回説明すれば許されたのだろうか。それとも、患者が検査の重要性を本当に理解するまで説明しないといけないのか。検査をするときでなく、しないときにも同意書が必要になるのか。