NATROMのブログ

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地震雲

諸君らもご承知の通り、最近福岡には大きな地震があった。通勤途中にラジオを聞いているのだが、当然のことながら地震の話題が多い。そのなかで、長年地震雲の研究を続けてきた地元のアマチュア研究家のインタビューがあった。地震雲とは地震の前兆として通常とは異なる形の雲のことを言い、地震の予知に役に立つと主張されることがある。で、今回の福岡西方沖地震の前にも、かのアマチュア研究家は、地震雲を観測していたとのことであった。ラジオのパーソナリティはいちいち突っ込まなかったけど、地震雲の後に地震が起きたというだけでは予知が当たったということにはならない。

地震の前兆として、なんらかの気象現象が生じうることは否定しない。しかし、地震雲の存在については科学的根拠に乏しいとされている。地震雲が地震の予知に役に立つと主張するサイトをいくつか見てみたが、地震雲の後に地震が起きた例をたくさん列挙しているだけである。対照をとるという科学の基本を理解していないといわざるをえない。地震の前には地震雲が現れると主張するには、地震雲観測後の地震の例(A)のみならず、地震雲観測後に地震がなかった例(B)、地震雲を観測せずに地震が起こった例(C)、地震雲を観測せずに地震が起こらなかった例(D)がそれぞれどのくらいなのかというデータが必要である。表にするとこう。


地震雲の観測あり地震雲の観測なし
地震ありAC
地震なしBD


もし地震雲が地震に先だって生じるのであれば、地震雲が観測されたのちに地震が起こる確率A/(A+B)は、地震雲が観測されていないときに地震が起こる確率C/(C+D)と比較して高いはずである。そのようなデータがない限り、地震雲観測後の地震の例(A)をいくら積み重ねても科学的に意味のあるデータとは言えない。「地震雲は非科学的と決め付ける科学者は頭が固い」などと仰る方もいるようだけれども、現時点では、地震雲が地震の予知に役に立つという主張は非科学的と言わざるを得ない。原理的にありえないから否定されるのではなく、対照もとらない研究のみで大言壮語するから否定されるのだ。

地震雲と地震に関係があると誤って認知してしまうのは、心理学的な問題である。雲の形はさまざまであり、ふと見上げて変わった形の雲と認識することはありうる。たまたまその後に強い地震を経験したら、あれは地震雲だったのかという強い印象を残すであろう。一方、地震を経験しなければ、変わった形の雲を見たことは忘れてしまう。地震の後に、変わった形の雲を見たという証言をいくら集めようと、地震雲の存在の証明には役に立たない。

誤認知の原因は他にもある。小規模な地震はいつでも起こっているものである。時間と場所と規模を特定しない地震予知には何も役にも立たない。地震雲の研究家はそんなことは気にせず、変わった形の雲を観察した後に、どこかで地震が起こったかを確認すればよい。時間と場所と規模を特定しなければ、どこかで地震が起こったはずである。これで、地震雲観測後の地震の事例が一つ増えたことになる。それでも外れた場合には、観測したのは地震雲ではなく、飛行機雲その他の雲であったということにすればよい。これでは外れっこないので、地震雲研究家の誤認知は強化される一方である。まさしく、「占いに近い」(気象庁地震予知情報課)ものである。地震雲の研究家は、ラドンがどうの電磁気がどうの等々、地震雲のメカニズムを論じる前に、まず、時間と場所と規模を特定した予知を行い、地震が起こらなかったケースも含めたデータを取り統計的な有意差を示すべきだろう。そういうデータを出さない限り、疑似科学・占い呼ばわりされて当然である。

さて、ラジオで紹介されたアマチュア研究家であるが、十年以上の研究歴があり、地震雲の写真だけでアルバム70冊を超えるそうである。ちなみに福岡でこれだけの規模の地震が起こったのは100年ぶりだという。するというとアルバム70冊分の地震雲といっても、その多くはきわめて小規模の地震にしか対応していないわけである。というか、単に珍しい雲の写真に過ぎないと私は考える。今回の地震の前にも地震雲を観測していたというが、いつ地震が起ころうとも「地震雲を観測していた」と主張できるのではないだろうか。そんなもの、予知に役に立つわけがない。


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