NATROMのブログ

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シックハウス症候群の命名者

■シックハウスを考える会■会の目的より引用。


「シックハウス」は1995年に「シックハウスを考える会」代表の上原裕之氏が提唱した言葉です。
◇1979年にデンマークのP・O・ファンガーらが、ビル勤務者の健康障害に着目して
 疫学調査を実施しましたが、この室内空気質と健康障害についての報告から、
 シックビルデイング症候群の用語が使われました。
◇1980年代には米国で患者が多発して社会問題となり、
 ビルに起因する職場の労働環境問題として多くの疫学調査や研究が実施されてきました。
◇ 一方我が国では、1994年に上原(NPOシックハウスを考える会理事長)が、
 自らの経験をもとに、住宅に起因する室内空気汚染という視点から、
 「シックハウス」、「シックハウス症候群」という言葉を提唱したのが語源で、
 今日社会的に広く認知された用語となっています。

海外ではシックビルディング症候群(Sick Building Syndrome)と呼ばれていたものが、日本では労働環境ではなく、主に住宅環境において問題になっているがゆえにシックハウス症候群という言葉が定着したのであろう。「室内空気汚染が原因の健康障害」という点において、シックビルディング症候群もシックハウス症候群も基本的には同じものであると言える。上記サイトではシックハウス症候群と化学物質過敏症の区別もきちんとついており、両者をごっちゃにしている■日本医師会のサイトなどとも比べても信頼性が高いと思われる。

ただ、ダウトを一つ。 「シックハウス」は1995年に上原裕之氏が提唱した言葉であるとのこと。あちこちのサイトをみるに、1995年ではなく、1994年だったり、1993年だったりする。たとえば、環境gooの■シックハウス問題の今というコラムで、上原裕之氏本人が「このシックハウス症候群とは私が1993年に命名した病気です」と書いている。そもそも、上記引用部分の中ですら、「シックハウス」を提唱したのが1994年なのか1995年なのかわからない。語源の問題は興味深いので、ちょいと調べてみた。本当は新聞記事などを検索してみるのがよいだろうけれども、過去の記事検索は有料のことが多いので、医学論文のデータベースで検索してみた。

まずは医学論文のデータベースでもっとも利用されていると思われるPubMedで。意外なことに、和製英語だと思っていた"sick house syndrome"で12件の文献が引っかかった。大半が日本人による文献であったが、一番古いものはFuortes Lによる、A sick house syndrome, possibly resulting from a landfill geologic effluvia.(Vet Hum Toxicol. 1990 Dec;32(6):528-30)という論文。アイオワ大学の人だ。1990年だから、上原裕之氏にさかのぼること5年前(3年前?)。

では、日本で「シックハウス症候群」という言葉を最初に使ったのは誰か?PubMedでは、Ando M.(安藤正幸)による[Pathogenesis of summer-type hypersensitivity pneumonitis]Nihon Kyobu Shikkan Gakkai Zasshi. 1993 Dec;31 Suppl:5-11.という論文のサマリー中に、「Home environmental factors indicate that SHP is a sick house syndrome.(強調は引用者による)」という一文がある。もとは日本語の論文だから、少なくとも1993年にはシックハウス症候群という言葉が使われていたようである。環境gooで上原裕之氏がシックハウス症候群を命名したのが1993年になっているのは、この論文の存在を後から知っちゃったためではなかろうかって下衆な勘ぐりをしてみたり。

日本語の論文検索サイトのCiNiiでも調べてみた。すると、1991年に、池田耕一氏によるそのものずばり「シックハウス症候群」という論文が、体の科学という雑誌に掲載されている(写真)。論文をとりよせたりはしていないので、データベースの間違いって可能性もないではない。今後、上原裕之氏が「シックハウス症候群とは私が1991年に命名した病気です」とか言いはじめたら面白いであろうなあと思うのだ。