NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

DNA鑑定はどこまで許されるのか?父権喪失の危機?

しょーがなく「科学」カテゴリに入れているけど、これは科学の話じゃあない。社会の話。以前、DNA鑑定はどこまで許されるのか?という問題に言及した。「今後、同様の問題が生じてくるだろう」と気楽に書いていたけど、今まさにドイツで、父親による子どもが実子かどうかのDNA鑑定に妻の同意が必要かどうか、議論になっているという。


■父子DNA鑑定禁止の法改正案、独で賛否めぐり大騒ぎ(読売新聞)*1


 ドイツで、父親が自分の子どもが実子かどうかを確認するためのDNA鑑定をめぐり波紋が広がっている。
 同国の民間調査機関の推計によると、新生児の1割(約7万人)が戸籍上の父親以外の子だというが、女性の法相がこのほど、同鑑定を法律で禁止する意向を表明した。個人情報保護が主眼だが、男性や保守派知識人は「女性の浮気を助長するだけ」と反発しており、当地のマスコミは「新たな男女間闘争の火ぶたが切られた」と大騒ぎだ。
 「私は、カッコウのヒナを育ててきた」。最近、ビルトなどドイツの大衆紙に、父親たちのこんな告白が連日のように掲載されるようになった。「カッコウのヒナ」とは、カッコウの雌がモズなど他の鳥の巣に卵を産み付けてヒナを育てさせる習性があることから、「他人の子」の意。報道は法改正に絡み、子供が実子かどうかを知る父親の権利を主張するキャンペーンだ。父権の強化を目指す父親たちの団体も、法改正に反対する署名を集め始めた。


生命倫理をめぐる対立というより、「男女間闘争」としての意味合いが強いらしい。父子DNA鑑定を法律で禁止する意向を表明した法相が女性であるというのも、反発に拍車をかけたのであろう。禁止といっても全面禁止ではなく、「妻の同意を得ずにDNA親子鑑定を行うこと」を禁止しただけ。鑑定が子供がかんだチューインガムや抜け毛を送るだけという安価・簡便になり、鑑定を請け負う業者が派手な広告を打つようになったのが背景にある、と記事にあるので、これまでは妻の同意を得ずに鑑定していたのだろう。

遺伝情報ってのは、個人情報の最たるもの。基本的に、本人の同意を得ずにDNA鑑定するというのはNG。成人前の子どものDNA鑑定は、親権者の同意が必要だろう。母親の同意も必要だと私には思われる。少なくとも、「片親の同意だけでもDNA鑑定をしてもよい」という社会的な合意が得られていないのに、なしくずしに鑑定がなされるのはよろしくない。新しい技術の応用には慎重になるべきだ。妻の同意を得ずに子のDNAを鑑定したら禁固刑ってのが妥当かどうかはともかく。


 だが、有力週刊誌「シュピーゲル」の委託調査では、国民の60%が法相案に反対し、国会でも、野党だけでなく、与党内からも反対の声が上がった。マインツ大学のワルター・ディーツ教授(神学)は「実子か否かを知る権利を夫から奪うことは、妻に『安心して浮気をせよ』と言うようなもの」と、反対の理由を率直に代弁している。
 ドイツでは93年にようやく条件付きで中絶が認められた。以来、女権の保護・拡大を進める司法の流れは、加速しているように見える。連邦通常裁判所(民事・刑事事件を扱う最高裁に相当)は12日、子供の母親の同意を得ないで行ったDNA父子鑑定をもとに、養育義務の破棄などを求めた男性の訴えを退けた。「鑑定は子供の自己決定権を侵害しており、証拠能力がない」と、法改正を先取りする判断を示したものだ。
 ドイツ男性の間で父権喪失への危機感が募っている。

父親の「実子か否かを知る権利」は、これまで事実上なかったわけだよね。だからといって、妻が「安心して浮気」をしていたわけではなかろう。無論、「実子か否か」知ることができるようになった今、その技術を使ってよいかどうかの議論は必要。簡便にDNA鑑定が可能だからといって、無条件に行っていいわけはない。ちゃんと議論した上で、妻の同意なしのDNA鑑定を認めるのならまだよかろう。


*1:URL:http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050114i306.htm