NATROMのブログ

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SARS生物兵器説

インフルエンザすら今冬はまだ少なく、SARSも話題にのぼることが少なくなったが、あまりにも面白い仮説を見つけたので紹介。

■SARS生物兵器説

タイトルからして香ばしいけれども、その内容が素晴らしい。元ネタは「英語の掲示板のページ」とのこと。


After seeing that the CDC release the genome for SARS, I ran the genome through a standard word-frequency analysis. The SARS genome has a high degree of variablilty and is non-repetitious in nature, as you would expect an efficiently compressed set of instructions would be. However there are 8 sets of 10 nucleotide groupings that repeat exactly twice.

【訳・内海君】CDCが発表したSARSゲノムを標準的な暗号解読をした。SARSゲノムは高度な変異性があり、自然界にある反復性はなく効率的に圧縮されたかのようだ。(解説:通常自然界の生物のゲノムは無駄な反復などがあったりするが、SARSウィルスはその点は人工的に作られたようにきれいなようなのだ)しかし、10bp(10塩基)の8つのゲノム対のグループが2回繰り返されている。

#1 GTCTTGTTTG - line 3501 column 1, line 19901 column 2
#2 TGTTCCTTTT - line 3001 column 4, line 14351 column 4
#3 GGTGACGGCA - line 25751 column 4, line 28401 column 2
#4 TGCCAAGAAA - line 19851 column 3, line 1001 column 5
#5 TGTTGTCTGT - line 13151 column 3, line 16251 column 5
#6 TTAGAGTAGA - line 11801 column 4, line 13651 column 4
#7 TTACTGGTTA - line 3251 column 4, line 16701 column 2
#8 CTTGGTATTA - line 22151 column 1, line 11001 column 5

ウイルスゲノムに無駄な反復が少なく、効率的に圧縮されているのは、SARSウイルスに限らずどのウイルスでも同じ。多細胞生物と異なり、ウイルスではゲノムの大きさが直接に淘汰の対象となる。効率的に圧縮されているウイルスは、無駄な反復を持つライバルのウイルスと比較して、複製にかかる時間を節約できるがゆえに繁殖に成功しやすい。一方、多細胞生物では、ゲノムに少々無駄な反復があったとしても影響は微々たるもの。

「10bp(10塩基)の8つのゲノム対のグループが2回繰り返されている」というのも、別に不思議なことではない。CDCのサイトのSARSゲノムは、だいたい30000塩基対。それを10塩基ごとに区切って、そのどれも全く繰り返しがなかったとしたら、そっちのほうが不思議だ。暇な人は計算してみよう。「30人の集団で同じ誕生日を持つ人がいない確率は、直感よりもだいぶ低い」という話とよく似ている(参考:誕生日のパラドックス)。繰り返しが8つあるぐらいは予想の範囲内。


As a matter of course I have done Google searched on each of these sequences.
Interestingly each and every one of these sequences occurs in a known human in fectious virus or parasite.

【訳・内海君】私はGoogleでそれぞれの配列を検索してみた。興味深いのはこれらの配列は個々およびすべてが既知のヒトの感染症や寄生虫ゲノムに含まれている。

塩基配列をGoogle検索するという発想がまず素晴らしい。で、10塩基配列をGoogle検索して得られた結果が、たとえば、クラミジア、ライスジャポニカ、ヒト乳頭腫ウイルス等々だったわけだ。


私は夢中になって検索を続けました。でも、表を見ていて急激にこわくなりました。
「なぜ?なぜ?」
が心の中で連呼しました。
この検索結果から浮かび上がるキーワードは

病気:「マールブルグ病」「サルエイズ」「種痘症」「ネズミ肝炎」「クラミジア」
「肉腫ウィルス」
動物:ショウジョウバエ、マウス、ゼブラフィッシュ、ヒトゲノム
植物:オリザサティバ(中国のイネ)、ライスジャポニカ(日本米)

コロナウィルスなんてどこぞや?出てくるのはきわめて凶悪な人間の病原体ウィルス、バイオ操作の実験動物、アジアの人の主食のコメ……ばかりです。

私の脳裏にこれらのワードをつなげたシナリオがそのとき浮かんだのです。

「マールブルグ病やサルエイズのような凶悪な病気をベースにクラミジア肺炎のような呼吸器疾患系統のセキや空気感染で伝播するウィルスが合体し、イネを主食とする民族によく作用する最強の生物兵器」

もし、このような兵器があったらどうでしょうか?いかに効率良く人を殺すかにしのぎを削っている軍のマッドサイエンティストにとって「夢」のようなものです。

私は当初、「新型肺炎」なのでインフルエンザやカゼの病原菌が出てくるのだと思っていました。
ところが検索して出てきたDNAの断片がこういうもので占められているのを見て恐怖に陥りました。

「いったい誰だ、こんなもん考えたり作ったりするのは?」

要するに、SARSウイルスゲノムに見られる反復箇所が、病原体や実験動物やコメのゲノムに見つかるということは、誰かが悪意を持ってこれらのゲノムをつぎはぎしてSARSウイルスを創った証拠だということらしい。これを素晴らしいと言わずして、何を素晴らしいと言おうか。この筆者は、恐怖に陥る前に、単純な計算をしてみるべきであった。たとえば、ある任意の10塩基配列が、ヒトゲノムに見つかる確率は?その確率はほとんど1だ。ヒトのゲノムは約30億塩基対。実際には反復や塩基の偏りがあったりするのだが、概算のため4種類の塩基がランダムに出現すると仮定すると、30億÷4の10乗=約2800個。ある10個の塩基配列(たとえばGTCTTGTTTG)は、概算でヒトゲノムに数千個はあると期待できる。実際に、データベースで検索してみたら、4312個だった(写真)。

ヒトゲノムに限ってもこのありさまで、他の生物についても、調べればいくらでも偶然に同一の塩基配列が見つかることが期待できる。見つからないほうが不思議というものだ。病原体や実験動物や有用植物のゲノムばかりが引っかかることが「最強の生物兵器」というシナリオを思いつかせたようだけど、だって、調べられているのは病原体や実験動物や有用植物のゲノムばかりだもの。検索で引っかかるのは当然だ。SARSウイルスゲノムに見られる反復箇所に限らず、どのような任意の10塩基配列を検索しても、病原体や実験動物や有用植物のゲノムが多く引っかかると思うぞ。


私はこのマップをたよりに、DNA研究者達の意見を聞こうと思いました。さっそく日本で最先端のDNA研究をしていることになっている、千葉県かずさアカデミアパークにある「かずさDNA研究所」に電話しました。出てきた研究員の女性は私の説明を聞いて「Googleで調べるなんて初めて聞いた」と驚き「でも、専門家はもっと違うソフトウェアとかでやっていますから、それだけではなんとも……」という答えでした。でももっと驚いたのは、かずさDNA研究所は植物などのDNAを集めているだけとのことでウィルスについてはやっていないということでした。
お疲れ様です、かずさDNA研究所の研究員様。このあと、筆者は東京大学医科学研究所にも電話したりして、「最先端のウィルスDNA研究って日本はろくにやっていないのか」と嘆く。専門家の過小評価という、トンデモさんの特徴がかいまみえてよい感じだ。あまりにも素晴らしすぎて、これらすべてネタであるかもしれないが、それでも紹介するに値すると思うのだ。