NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

遺伝と環境の微妙な色合い

ヒトの性行動が環境の影響を受けるなんてことはわかりきっている。だったら遺伝の影響は?異論はあるだろうが、遺伝的な影響もあるに決まっていると私は思うのだ。ヒトの形質における遺伝的影響を推定するのは、主に双生児研究(twin study)という方法による。双生児には一卵性と二卵性とがあって、一卵性双生児は遺伝的要因をほぼ完全に共有しているが、二卵性双生児は平均して半分の遺伝子を共有する(兄弟姉妹と同じ)。一卵性と二卵性の双生児における形質の一致率の差異でもって、遺伝的影響の程度を推定できる。もし、ある形質が100%遺伝的に決定されるのであれば、その形質はどの一卵性双生児も共有しているであろう。また、ある形質がまったく遺伝的影響を受けないのであれば、一卵性双生児がその形質を共有している割合は、二卵性双生児がその形質を共有している割合と同一である。たいていの形質は、この両極端の間のどこかにある。ヒトの遺伝学につきものの限界はあるものの、おおよそヒトの遺伝率は双生児研究によって推定されている。双生児研究によって、糖尿病や癌といった疾患が遺伝的な影響を受けることはよく知られている。こうした理由で大規模な双生児研究がなされているのだけれども、疾患の有無だけではなく、ついでに性行動についても調べた研究が報道されている。


■浮気は遺伝!?「女性の4割」…英調査結果(ZAKZAK)*1


 19歳から83歳の女性の双子1600組以上を対象に、過去の性的行動について聞き取り調査を実施。その結果、浮気をしたことがあるとした人のうち「遺伝的要因による」と判断されたのは41%で、これは遺伝の影響でがんなどの病気を発症する割合より高かった。
 調査を行ったティム・スペクター教授は「女性が浮気をしたり、複数のパートナーを持ったりするのに遺伝子が大きく影響していることが示された」と指摘。ただし、「実際に行動に移すかどうかは生活環境や育ち方による」とも話している。


■女性の不倫、遺伝的要因が影響=英科学者◇ロイター(日経)*2


■「浮気の虫」は遺伝する?=女性の不倫、4割が生まれつき−英研究(時事通信)*3


記事内容は似たり寄ったりだが、見出しが違う。日経は合格。ZAKZAKは微妙。時事通信は失格だ。遺伝と生まれつきは違う。癌や糖尿病の発症に「遺伝的要因が影響」するのは確かだが、けっして「生まれつき」ではない。「女性の4割」というのも誤解を招く言い方だ。これでは、浮気をした女性の100人のうち、40人は遺伝的な理由で浮気をしたかのように思えてしまう。実際には、40%という数字は遺伝率を表している。遺伝率とは表現型の分散に対する遺伝的分散の割合である。これではなんのことやらわからないよね。ある集団をとってみると、その集団に属する女性は不倫をしたりしなかったりする。いったいその違いは何に由来するものか?100%が遺伝的に決定されるのか?それとも遺伝的な影響は0%なのか?実際、その数字は0から100のどこかに位置し、今回の研究では40%という数字だったわけ。10人に4人が「生まれつき浮気性」というわけではない。

当然、男性の性行動についても調べたのであろうが、おそらくはそれほど高い遺伝率を示さなかったのであろう。じゃあ男性の浮気には遺伝要因は影響してないのかと言えばそうではない。男性の浮気の「分散」に関して遺伝的要因が少ないというだけで、男性の浮気行動に遺伝的影響があることは動物行動学的には推測できる。強い淘汰のもとにある形質は遺伝率が低い傾向にある。もしかしたら、「チャンスがあれば浮気をする」という遺伝子は男性の誰もが持っていているがゆえに、男性が浮気をするかしないかは環境のみが決定しているように見えるだけかもしれない。

*1:URL:http://www.zakzak.co.jp/top/2004_11/t2004112602.html

*2:URL:http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/medi/345808

*3:URL:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041125-00000801-jij-int