NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

人間ドックファイバースコープによる腸管壁穿孔事件

ずいぶん昔の判例なのだが、それはないだろうと思ったのでメモ代わりに。

■医事紛争の基本判例より


66歳の男性A。地方新聞社の取締役。アメリカでの研修に先立ち人間ドック検診を思い立ち,1979年4月,B病院に入院。検査の結果,肥満症があり,高脂血症,高尿酸血症の他に,胆石症が疑われた。胆嚢についてはDIC(経静脈性胆嚢造影)が行われたが,胆嚢は写らず,さらにERCP検査が勧められAも了承した。ERCPは2人の医師(うち1人の医師は200例の経験があった)によって行われた。十二指腸に大きな憩室があり,また腸の蠕動運動が強く,10回以上の試みにもかかわらず,胆管にカニューレを挿入することはできなかった。その間,嘔吐反射も強く検査に1時間以上もかかったことから,膵管のみの撮影で検査を中止。検査後医師は,夕方まで絶食すること,検査後3時間外来で待機し,安静にしていることをAに指示した。しかしAは間もなく自分で自動車を運転し離院してしまった。しかしその途中腹痛が起こり,1時30分ごろタクシーで帰院。診察の結果,腹膜刺激症状は見られず,術後膵炎の治療がなされ,鎮痛剤の投与により痛みは一時的におさまった。医師は病院に泊まり経過を見るようAに勧めたが,Aはこれを聞き入れず,医師は腹痛が起きたらまた受診するよう指示し,4時ごろ帰宅させた。Aは夕方7時ごろ再度腹痛を訴え来院し,入院の上,保存的治療がなされた。翌日になってもAの腹痛は治まらず,レントゲン撮影を行ったところ,横隔膜の下に明瞭にガスが溜っており,また腹部の穿刺により排膿があったことから,腸管穿孔による腹膜炎の疑いで救急開腹術が行われた。その結果,十二指腸に直径1㎝の穴があいており,内容物が流出していた。穿孔部の縫合と胆嚢切除,腹腔ドレナージの設置が行われたものの,術後の急性腎不全,縫合不全などを起こし,敗血症により1カ月半後死亡した。Aの相続人および会社から,検査医の不法行為責任およびB病院の使用者責任を追及する損害賠償責任訴訟が起こされた。

そもそも人間ドックの検査で死亡に至ったという点がすごくまずいのではある(ドックでERCPってどうなのよ?という疑問も)。それにしたって、検査後に医師から安静を指示されていたのにも関わらず、男性Aは検査直後に缶ジュースを飲もうとしたり、勝手に帰っちゃったりしたのだ。ERCP(内視鏡的逆行性胆道膵管造影)は、どんなに上手な人がやってもある一定の割合で合併症が生じる。安静・経過観察が必要なのは当然であり、勝手に帰っちゃうような人の責任は負いたくないというのが正直なところ。しかも、男性Aは検査後の腹痛で病院に戻った後、病院に泊まり経過を見るよう勧められたのにも関わらず、また帰っちゃったのだ。結局は、十二指腸穿孔で緊急手術をされるも亡くなってしまった。Aの相続人および会社から訴訟を起こされたわけなのだけれども、こんなんで負けていたら医療はやってられません。ところが判決はどうだったか。


裁判所は,Aの腹部には打撲の跡は見られず,穿孔は検査によるものである,と詳細な検討ののち認定し,また「Aが術後安静を保っていたとしても穿孔や,その後の死亡が避けられたという保障はなく,検査と死亡の間には相当因果関係がある」として病院側に賠償を命じた。Aは会社の取締役でもあり,死亡による損失額は3億円に達した。しかし,A側にも過失を認めた。医師からの絶食の指示があるにもかかわらず検査直後に缶ジュースを飲もうとしたこと。3時間の安静の指示にもかかわらず,検査直後に自分で運転して帰宅したため,腹腔内の内容物が散らばり予後を悪くした可能性のあること。またその間ジュースなどを飲んだ可能性もあること。これらの落ち度または過失があるとして,2割を患者の責任として過失相殺した。なお,第二審では,1億4000万円余の損害賠償が命じられた。

過失相殺されたとしても、たった2割。医師側の負け。この判決はどうなんでしょう?ここに出ている情報だけを元に判断したら、不当な判決だと私には思える。医師であれば大体は私と意見が同じであろうと信じるけれども、非医療関係者からはどう見えるのだろう?私が医師側に立っているから、客観的に見れなくなっているだけなんだろうか?

医療行為は常にリスクを伴う。合併症が起きないように、あるいは起こってもすぐに適切な対処が行えるように、安静・絶食・経過観察を指示するのだ。そうした指示を無視しておきながら、何か合併症で不利益が生じたら医師の責任を問うことになったら、リスクを伴う医療は行えないことになる。