NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

(主に)過剰診断の定義に関する記録

ツイッターにおいてAGAPEROSさんと過剰診断について会話をしているが、なるべく誤解を招かないような丁寧な回答を心掛けると、字数制限があるツイッターでは難しい。また、ひとところにまとめておくとAGAPEROSさんと同じ誤解に陥っている人に助けもなると考え、ブログでも回答する。

■「過剰診断」とは何かにおいて過剰診断を説明するための仮想的な乳がん検診のランダム化比較試験の話である。がん検診を論じるときに広く採用されている過剰診断の定義は「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」*1。この過剰診断の定義では、治療の要否の判断や、治療を受けたかどうか、がん死したかどうかは関係しない。

AGAPEROSさんは「過剰診断は3人とされてますが 先生の定義では8人では?」と述べておられるが、それは誤りだ。私が採用した、一般に受け入れられている定義では過剰診断の数は8人ではない。この仮想的な乳がん検診の事例では、過剰診断の数は「検診群において乳がんと診断された人数」と「対照群*2において乳がんと診断された人数」の差で求められる。よって、過剰診断の数は10-7 = 3人だ。

8人は過剰診断の人数ではなく「検診群で乳がんと診断され、治療を受けて、乳がん死しなかった人数」であろう。この8人の中には、過剰診断の人もいるし、そうでない人(=検診を受けなくてもいずれ症状が出て乳がんと診断される人=「狭義のスクリーニング効果」)もいる*3

「仮想的な乳がん検診の事例では、診断された人は全員要治療と判断され、全員が治療を受けると仮定されている」と私が説明すると、AGAPEROSさんは「8人が過剰診断では?」という主張は訂正された。しかし、誤解はまだたくさん残っている。


AGAPEROSさんは「8人は癌と診断されたが その内5人は治療しなければ死ぬ筈の癌であり過剰診断には当たらないと言うことですね」と述べられた。5人が「過剰診断には当たらない」というところまで正しいが、「治療しなければ死ぬ筈の癌」という部分は誤りである。治療しなければ死ぬかもしれないし、死なないかもしれない*4

8人は「検診で乳がんと診断され、治療を受け、乳がんでは死ななかった人数」である。そのうちの3人は過剰診断で、残りの5人は「検診で乳がんと診断されなかったとしても、そのうちに症状を呈して乳がんと診断されたであろう人」である。5人は「治療しなければ死ぬ筈のがん」ではなく「狭義のスクリーニング効果」にあたる。

「そして3人は過剰診断又は狭義のスクリーニング効果」も誤りだ。この3人は過剰診断であって、「狭義のスクリーニング効果」ではない。なぜなら、その3人は治療を受けなくても一生涯、症状を呈さないからだ。もちろん死亡の原因にもならない。過剰診断の定義は「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない病気を診断すること」であることを思い出そう。

ついでに言えば、検診群で治療を受けても亡くなった2人も、「狭義のスクリーニング効果」である。検診を受けなくてもそのうち症状を呈して乳がんと診断され、治療を受け、それでも乳がんで亡くなったであろう*5

無症状で診断されたがんは、過剰診断か、「狭義のスクリーニング効果」かの、どちらかである。そのがんは、「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない」か、「治療しなければ症状を起こしたり、死亡の原因になったりする」かの、どちらかだからだ。

仮想的な乳がん検診の事例では、検診群で無症状のまま10人の乳がんが診断された。この10人は、過剰診断か「狭義のスクリーニング効果」かの、どちらかだ。10人のうち、過剰診断は3人、「狭義のスクリーニング効果」は7人だ。7人のうち、「症状が出たあとに診断・治療されても乳がん死しなかった」のは3人、「検診で早期発見され、治療を受けたおかげで乳がん死をまぬがれた」のは2人、「検診で発見されても乳がん死した」のは2人である。



「甲状腺癌の中には死ぬまで発見されない癌と生存中に発症してたまに死に至らせる癌があるから乳癌とは話が違ってきます」とあるが、誤りである。たった今、乳がんの中にも、「死ぬまで発見されない癌」もあれば、「生存中に発症してたまに死に至らせる癌」もあるという話をしたばかりである。

甲状腺がんと乳がんの違いは、「死ぬまで発見されないがん」が存在するかどうかではない。「死ぬまで発見されないがん」は甲状腺がんにも乳がんにもある*6。甲状腺がんと乳がんの違いは、「死ぬまで発見されないがん」の数だ。甲状腺がんでは「死ぬまで発見されないがん」の数が異常に多いのだ。


『「これは治療不要な癌だ」と診断しても過剰診断になってしまいます』。これは正しい。「治療しなくても症状を起こしたり、死亡の原因になったりしない」甲状腺がんを診断した以上は、「これは治療不要ながんだ」と判断しても、定義上、過剰診断である。「治療の不要な病変を治療要と判断することが過剰診断だ」という定義は独自定義だ。私の知る限りでは、そのような定義を採用している専門家はいない。

おそらく、AGAPEROSさんは「治療不要ながんと判断されても過剰診断になってしまうのはおかしい」と誤解しているのであろう。通常は、がんは診断されるとたいてい治療介入されてしまうので、「治療不要ながんと判断された過剰診断例」は問題にならない。しかし、前立腺がんや甲状腺がんといった過剰診断の多いがんについては、がんと診断されてもすぐに手術などの治療介入がなされず、頻度の高い検査によって経過を観察される場合がある。active surveillance(AS:積極的サーベイランス)と呼ぶ*7。ASが選択されるようながんには過剰診断が多い。というか、過剰診断が多いとわかっているから、ASという方針が選択できるのだ。



2021年2月22日追記。

詳しくはコメント欄を参照していただきたいが、検診の受診割合が徐々に増えていっても過剰診断が「狭義のスクリーニング効果」の2倍程度であれば、罹患率は連続して15倍などには増えないことをシミュレーションで示してみたい。検診のシミュレーションは細部でいろいろ設定がありうるが大雑把には同じ結果になるはずだ。まず、コメント欄のあめりかなまずさんの設定に基づいて


・罹患率:5人/10万人・年
・検診の受診割合:初年度10%, 次の年度からは1.25%ずつ増える
・早期発見可能前臨床期:10年(検診を受けた人の10年先までに発症するはずの癌を検出できる)


とする。過剰診断はゼロとする。あめりかなまずさんの上げた数字とは細部が異なるが数年間で罹患率が下がっていくことがわかるだろうか。私の(大雑把な)シミュレーションではdisease reservoirから一定割合で有症状甲状腺がんが発症すると仮定している。罹患率が5人/10万人年、早期発見可能前臨床期(潜在期間と同じ)が10年だとリザーバー(disease reservoir)は50人/10万人である。これは有病割合に相当する(過剰診断が1より大きいときは適宜倍率をかければ有病割合は算出できるが面倒なので表ではそのままになっている)。過剰診断がゼロだと、リザーバーに流入する量は5人/10万人年である。検診がなければ、毎年、5人/10万人年が流入し、有症状発症して5人/10万人年が流出する(実際にはこのリザーバーから他病死する人がおりそれが過剰診断に相当する。シミュレーションでは面倒なのでそれは計算してない)。

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0年目は有症状発症は(10万人あたり、以下略)5人。検診なしなので前倒し(「狭義のスクリーニング効果」に同じ)は当然ゼロ。

1年目は受診割合は10%。リザーバー50人のうち5人が有症状発症する。残り45人の10%のうち検診で4.5人が見つかる。罹患率は9.5/10万人年。(12月31日に一斉に検診するというイメージ。この辺りの設定で細かい数字が異なる)。検診前の1.9倍。この時点でリザーバーは40.5人。

2年目。リザーバーは自然流入で5人増える。よって45.5人。1年目で「刈り取られた」ので減っている。よって有症状発症者も減って4.55人。受診割合は12.5%に増えているので9.67人が発見される。罹患率は合わせて9.67/10万人年。

3年目。2年目で有症状発症分と「刈り取られ」た分が減り、自然流入分が増え、リザーバーは40.83人。有症状発症者も減って4.08人。受診割合は15%に増えているので9.60人が発見される。罹患率は合わせて9.60/10万人年。もうピークを超えている。


次に、狭義のスクリーニング効果の2倍の過剰診断が見つかると仮定する。「過剰診断係数」の3倍がこれに相当する。曲線の形はほぼ同じである。罹患率はせいぜい検診前の4倍程度であり、すぐにピークを超えて下がる。

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検診を行うとリザーバーが目減りする。有症状発症だけではなく、検診発見によっても流出するからだ。よって、受診割合が同じだと罹患率は下がる。それを補うために受診割合を増やしても、数年ぐらいはいいが、すぐにリザーバーの目減りに追いつかなくなる。リザーバーがすぐに目減りしないように受診割合の増加をゆっくりにすると、罹患率のピークが抑えられる。実際の韓国で観察されたような罹患率15倍といったピークは、過剰診断が「狭義のスクリーニング効果」の2倍程度という仮定ではまったく説明ができない。



2021年2月24日追記。
詳細はコメント欄を参照。「過剰診断だけの時に、本当に、罹患率が順次増加して2011年に15倍になるシミュレーションが出来るのですか?」というご質問があった。過剰診断「だけ」にはけしてならないが、高い過剰診断割合のときに罹患率が15倍程度になるシミュレーションは可能である。罹患率:5人/10万人年、検診の受診割合:初年度1.25%, 次の年度からは1.25%ずつ増える、早期発見可能前臨床期:10年(検診を受けた人の10年先までに発症するはずの癌を検出できる)という設定で、過剰診断係数を20倍としたシミュレーションを提示する。過剰診断係数20倍とは、狭義のスクリーニング効果の19倍の過剰診断が見つかる、つまり、検診で発見されたがんの95%が過剰診断であることに相当する。

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9年目に罹患率は検診前の15倍を超える。だいたい17倍ぐらいで平衡に達する。



2021年2月26日追記。
詳細はコメント欄を参照。「年あたり1.25%ずつ受診割合上昇、受診率1.25%の年と受診率11.25%の年で総罹患数増が10万人年あたり40人程度、最終的に罹患倍率15倍以上」になるようなパラメータを探したら、潜在期間3.6年、過剰診断係数40倍でそれっぽくなった。

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潜在期間17年、年あたり1.25%ずつ受診割合上昇で。最終的に罹患倍率15倍以上になるには過剰診断係数が12倍ぐらい必要。

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いずれにせよ、「過剰診断は狭義のスクリーニング効果の2倍程度」という仮定で、罹患率が15倍の年が何年も続くようなシミュレーションは難しい。潜在期間を100年にするなど、ありえないほど長くするしかないと直感的には思われる。

*1:細かいことを言うと、「症状」とは何ぞや、ということも考えないといけないが、ほとんどの場合、この定義で事足りる

*2:検診を受けず全例が症状を呈して診断されると仮定されている。検診外で偶発的に無症状のまま発見・診断されるような事例はないものとする。「理想気体」のようなものだと考えていただくのがよい。なお、現実の甲状腺がんにおいては、検診外での偶発的発見がかなりあるので、文献を読むときには注意が必要だ

*3:■スクリーニング効果の定義を参照のこと

*4:後者の場合は、乳がんの症状を呈し乳がんと診断されるが、乳がんで死亡する前に他の死因で亡くなる

*5:治療を受けたためにヤブヘビで乳がん死した、という可能性は無視する。また、この仮想的な乳がん検診ではinterval cancerはないと仮定している

*6:仮想的な乳がん検診研究の対照群において、死亡者を全員剖検すれば、生前には診断されていなかった3人の乳がんが見つかるであろう。自然退縮等は無視する

*7:これも、細かいことを言うと、「治療」とは何ぞや、ということも考えないといけない。ASは「監視療法」と訳されたり、治療のオプションの一つに分類されていたりする。ただ、ここではASは治療とはみなさない