NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「専門医が「併用検診でともに陰性の場合、5年間はまず心配ない」と言っています」

もちろん、そのような主張をしている専門医は存じております。ただ、その専門医に、「だったら、HPVワクチンは不要ですか?」と尋ねてみたら、「いや、そんなことはありません。30歳未満は併用検診は対象外ですし、HPV感染を予防することで円錐切除を要する人が減りますし、そもそも検診では100%防げるわけじゃないからね」と答えるでしょう。

ニセ医学を支持している人は、一次文献にあたることなく、専門家の書いた文献の都合の良い部分だけを持ち出して間違った信念体系を作ってしまいます。窓際記者の独り言さんが提示した二次文献にはHPVワクチンの必要性について述べた部分もありますが、その部分は都合よく無視します。ご自分では「中立的な資料、公的な資料や推進派と思しき資料もたくさん読ん」でいるつもりでしょうが、予防医療について基礎的な知識に欠けているため偏った見方しかできないのです。

併用検診でともに陰性の場合でも、浸潤子宮頸がんが発症することはあります。従来検診群と比較するとその罹患率比は0.3、つまり、従来検診群で浸潤子宮頸がんが10人発症するところが、併用検診でともに陰性の場合は3人が発症します*1。がん検診としてはかなり優れた成績ですが、それでも「100%近く」防げるわけではありません。

「併用検診でともに陰性の場合、5年間はまず心配ない」と書いた専門医も、そうした「がん検診の相場感」は承知の上でしょう。併用検診の有用性を一般の方の説明するときに、そうした細かい情報をどこまで伝えるべきかどうかという問題です。「併用検診でともに陰性の場合でも浸潤子宮頸がんになることがある」というメッセージを伝えると、5年間という長い検診間隔で大丈夫というメッセージが伝わらない可能性があります。併用検診でともに陰性の場合でも浸潤子宮頸がんになることがありますが、これは検診間隔を縮めても防げませんし*2、いずれにせよたいていは大丈夫です。なので、(細かいことはともかくとして)「まず心配ない」と表現されるのです。

複数の専門機関が「HPVワクチンは安全である」と言っています*3。これも細かい情報をどう伝えるべきかという問題に相当します。窓際記者の独り言さんは、こうした「HPVワクチンは安全である」という主張に賛成しますか?しないとしたら、「併用検診でともに陰性の場合、5年間はまず心配ない」という主張には賛成するのに、「HPVワクチンは安全である」という主張に賛成しない理由を教えてください。

*1: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24192252

*2:より正確には「防げない可能性がきわめて高い」。一般の人に説明するときにどこまで細かく情報を伝えるべきかという問題ですね

*3:たとえば https://www.cdc.gov/vaccinesafety/vaccines/hpv/hpv-safety-faqs.html#A2