NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「副腎疲労」は根拠が不明確な疾患である

PATM、慢性ライム病、そして副腎疲労

『RikaTan(理科の探検)』誌2019年4月号に「根拠が不明確な疾患と代替医療 PATM(他人にアレルギー症状を起こすとされる疾患)を中心に」という題名で寄稿した。

PATMとは"People Allergic To Me"(私に対してアレルギーのある人々)の頭文字から名付けられた「病名」である。ブログでも簡単に書いた(■他人にアレルギー症状を起こさせる疾患「PATM(パトム)」は実在するか?)が、詳しくは
『RikaTan(理科の探検)』誌を参照して欲しい。本題は「根拠が不明確な疾患と代替医療」であり、その例としてPATMのほかに慢性ライム病を挙げた。

専門家集団は副腎疲労の疾患概念を認めていない

PATMと慢性ライム病以外にも「根拠が不明確な疾患」はたくさんある。今回はその一つである「副腎疲労/副腎疲労症候群」を挙げよう。副腎疲労とはその名の通り、コルチゾールをはじめとした副腎皮質ホルモンを分泌する器官である副腎が「疲労」した結果、倦怠感やうつ症状といったさまざまな症状が生じるとされる疾患である。しかしながら内分泌の専門家集団は副腎疲労(Adrenal Fatigue)という疾患概念を認めていない。米国内分泌学会のサイトに一般向けに説明されたページがある。



■The Myth of Adrenal Fatigue | Hormone Health Network



いくつかのポイントのみ箇条書きで訳してみたが、機械翻訳でもだいたいのところがわかるので、副腎疲労について知りたい方はぜひとも上記リンク先を一読することをおすすめする。




・副腎疲労の存在を支持する科学的証明は存在しません。
・副腎疲労だと診断されてしまうと、症状の真の原因が見つからないままになり、正しく治療されないかもしれません。
・副腎疲労を発見できる検査はありません。しばしば、症状のみに基づいて副腎疲労と診断されます。ときに血液または唾液の検査がなされますが、十分な科学的な根拠に欠け、それらの検査結果や分析は正しくないかもしれません。
・特別なサプリメントやビタミンを買うように勧められるかもしれませんが、それらの多くは安全性が検証されていません。
・「副腎疲労」だと言われても、そのような証明されていない診断に貴重な時間を浪費しないでください。倦怠感や気分の落ち込みといった症状があれば、副腎不全、うつ病、閉塞性睡眠時無呼吸といった他の疾患があるかもしれません。



米国内分泌学会だけでなく、メイヨークリニックも同様の警告を述べている。


■Adrenal fatigue: What causes it? - Mayo Clinic



「副腎疲労は存在しない」というタイトルの系統的レビューもある。


■Adrenal fatigue does not exist: a systematic review. - PubMed - NCBI


副腎疲労と副腎皮質機能低下症は異なる

ここで注意が必要なのは、副腎疲労とは別に、医学的に確立された「副腎皮質機能低下症/副腎不全」という疾患もあることだ。診断は早朝血中コルチゾール値、早朝血中ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)値、ACTH負荷試験などで行われる。治療は通常はヒドロコルチゾン(副腎皮質ホルモン)の内服である。倦怠感、食欲低下、体重減少、抑うつといった非特異的な症状であるため、うつ病や認知症と誤診されることもある。

副腎疲労と副腎皮質機能低下症の違い

副腎疲労と診断されたら

「自分は副腎疲労と診断され、治療によって改善した」という経験をお持ちの方もいらっしゃるだろう。そうした患者さんの症状や経験を否定しているわけではない。しかし、改善例は副腎疲労の疾患概念を支持する理由にはならない。副腎疲労の症状(とされるもの)は倦怠感や気分の落ち込みといった非特異的なもので、プラセボや生活習慣の見直しだけで改善してもまったく不思議ではない。

私の批判の対象は患者さんではなく、根拠が不明確な疾患を診断し、治療を行う医師だ。プラセボでも治るような患者さんに方便で病名をつけているとかならともかく、高額な検査やサプリメント治療、根拠のない食事療法を行っており、問題である。ありていに言えば、実在が疑わしい病気を口実に患者を食い物にしている。副腎疲労と診断されても現在調子がいいならそのままでもよいが、改善が思わしくなかったり、治療や検査にお金がかかりすぎたりする場合は、医師を替えることをおすすめする。

副腎疲労が存在する可能性は?

「副腎疲労が存在する可能性はまったくゼロなのか?」という疑問もあるだろう。端的に言えばゼロではない。現在の診断基準では副腎皮質機能低下症に該当しないものの、潜在的あるいは相対的に副腎機能が低下し何らかの症状を呈している症例も存在しているかもしれない。そうした症例の不在を証明するのは原理上不可能である。厳密に言えば系統的レビューのタイトル「副腎疲労は存在しない」は不正確な表現で、「現時点では副腎疲労が存在するという十分な証拠がない」のほうがより適切だ。しかし、副腎疲労の不在が完全に証明されていないことは副腎疲労の疾患概念を擁護する理由にはならない。むしろ、「本当の」副腎疲労と言える疾患が仮に存在しても、インチキな診断に紛れてわからなくなっている。

根拠が不明確な疾患に共通する問題点

現時点(2019年2月26日)では日本語での検索結果の上位ページは、ほとんどが副腎疲労という疾患概念に好意的であり、専門家集団からは懐疑的に考えられているという医学的に正確な情報になかなかたどり着かない。『RikaTan(理科の探検)』誌で書いた、PATMや慢性ライム病と同じ問題をかかえている。つまり、エビデンスに乏しい診断・治療を行っている自称「専門家」の主張がより目に触れやすいという問題である。インターネットに限らず、一般書やメディアでも同様だ。

自称「専門家」の立場では、「日本ではまだ医師にも知られていないのですが、実はこういう疾患があるのです」などと主張すれば、耳目を集めることができ、患者が増えたり本が売れたり講演会を開催したりでき、利益につながる。「日本ではあまりなされていない特別な検査(自費診療)」や「医師の間でも認知されていない疾患」といったフレーズには注意が必要だ。とくにマスコミ・メディアの方々にお願いしたいのは、たとえ医師に監修してもらったとしても、その医師の見解は標準からかけ離れている可能性についても考慮していただきたい。


軽症であればインフルエンザが心配だからと病院に行くのはおすすめしない

インフルエンザのシーズンになりました。外来はインフルエンザの患者さんでいっぱいです。もちろん、インフルエンザを疑う患者さんにはマスクをして別室や車内で待機していただくなどの対応をとるんですが、完全に隔離するのは難しいです。トイレや診察や検査のための移動もありますし、患者さんの中には事前の連絡なく受診される方もいらっしゃいますし、高熱ではないけど実はインフルエンザという患者さんが待合室にいるかもしれません。インフルエンザシーズンの病院は感染のリスクが高いとお考えください。

タミフルなどの抗インフルエンザ薬は症状を1日間ほど短縮する効果がありますが、別に薬を使わなくてもほとんどのインフルエンザは自然に治ります。肺炎や脳炎などの合併症が怖いですが、もともと健康な人において抗インフルエンザ薬がこうした合併症を減らすかどうかはよくわかっていません。そうはいっても「熱が出て関節痛もして今まさにしんどい」という患者さんは、もちろん受診してくださってかまいません。そのしんどい期間を短くするのは薬から得られる利益です。ただ、症状がないか、軽度であれば、必ずしも受診する必要はありませんし、むしろ受診しないことをおすすめします。

よくあるケースですが、「昨日、子どもが発熱し、救急外来でインフルエンザA型と診断された。私もインフルエンザに罹っていないか心配」という受診があるんです。熱はありません。症状はないか、あっても喉がいがらっぽいとか、咳がちょっと出るとか、そんな感じです。「インフルエンザに罹ったら心配。仕事だってそうそう休めない」。そんな気持ちはよくわかります。でも、この時点で医師にできることはそれほどないのです。

インフルエンザの検査はあまり意味がありません。熱が出てからでも偽陰性(ほんとうはインフルエンザなのに誤ってインフルエンザではないという結果が出ること)がけっこうあります。感染初期の発熱前に検査したって正しい結果が出ることは期待できません。それとも予防として抗インフルエンザ薬を処方しましょうか。本人やご家族が慢性呼吸器疾患などのインフルエンザに罹ったら高い確率で命の危険があるような方なら、個別に検討はいたします。ただ、「会社に行けなくて困る」程度であれば、予防投与の医学的必要性に乏しいと考えます。おおむね安全性が確認されているとはいえ、抗インフルエンザ薬だって、一定の確率で副作用が起きます。

それよりも、インフルエンザではなかったのに、病院に来て、受診し、待合室で待ち、会計を済ませる間に、インフルエンザに罹ってしまう心配をしたほうがいいのではないでしょうか。インフルエンザのシーズンには待ち時間も長くなります。「待ち時間のコスト」もばかになりません。

症状がない場合だけでなく、軽症であっても同じようなことが言えます。「ただの風邪のようだけど、インフルエンザだったらいけないから念のために受診」というケースです。医学的にはやっぱり検査も抗インフルエンザ薬も必要性に乏しいです。風邪であろうとインフルエンザであろうと寝ていれば治ります。「抗インフルエンザ薬は症状を1日間ほど短縮する効果」ということを思い出していただけたら、症状の軽いインフルエンザの患者さんが、抗インフルエンザ薬から得られる利益は相対的に小さいことがお分かりになるかと思います。

患者さんの満足度や社会的事情(診断書が必要、など)もありますので、上記のようなことをご説明し、それでもご希望があればインフルエンザの検査をしたり、処方を出したりはします。ただ、私だったら、待ち時間や医療費などのコスト、検査の不確実性、抗インフルエンザ薬の効果や副作用、感染させられるリスク等々を考慮するに、軽症だったら受診しません。むしろインフルエンザの流行するシーズンでは待ち時間や感染リスクが増えますので、「いつもだったらギリで受診する程度の症状」であれば、受診しないほうが得ではないでしょうか。「万が一、インフルエンザ以外の重篤な病気があるかもしれないから受診するのだ」という方もいらっしゃるかもしれませんが、症状が軽い時点では医師にもわかりません。

海外では日本ほどはインフルエンザで医療機関を受診しないと言われています。CDCのサイトによれば、持病などがない健康成人が救急外来を受診する目安として、呼吸困難または息切れ、胸腹部痛や圧迫感・突然のめまい・混乱(意識障害)・重度または持続性の嘔吐・インフルエンザ様の症状がいったん改善したのちの発熱や咳の悪化を挙げています*1。もちろん、判断が難しいときには受診してくださってかまいません。ただ、インフルエンザだからといって、必ず受診しなければならないわけではなく、自宅で療養しても治ってしまう病気であることをご承知ください。


紛らわしい「ニセ医学」~免疫療法と幹細胞療法

2018年の医学関連ニュースといえば、なんといっても本庶佑先生のノーベル賞受賞であろう。がん細胞が免疫から逃れる仕組みを明らかにした。また、免疫チェックポイント阻害剤としてすでに臨床応用もされている。一番名前が知られているのは「オプジーボ」(一般名:ニボルマブ)だろう。当初は悪性黒色腫(メラノーマ)のみに使えたが、いまのところ肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫、頭頸部がん、胃がんに保険適応が通っている。

オプジーボ以前にも、前立腺がんに対するがんワクチンや膀胱がんに対するBCG膀胱内注入療法といった免疫療法はあったものの、がん治療は外科的切除・抗がん剤・放射線治療が3大療法で、免疫療法は主流外であった。自費診療のクリニックでときには数百万円という高額な免疫細胞治療が行われていたが効果は明確ではなかった。体内でがんが成長できるのは免疫機構を逃れる能力がもつからこそで、免疫細胞を増やして体内に戻すぐらいでは効かない。そして、このがん細胞が免疫機構を逃れる能力を標的とするのがオプジーボをはじめとした免疫チェックポイント阻害剤である。

つまり、保険適応になって効果の確かめられた免疫療法と、高価な対価を取って行われてきたインチキな免疫療法の両方がある。ノーベル賞が話題になったときに専門家から怪しい免疫療法に対する注意喚起がなされたのは記憶に新しい。BuzzFeedの■ノーベル賞受賞で相談殺到 誤解してほしくない免疫療法が参考になるだろう。

同じ名前で呼ばれる標準医療と「ニセ医学」の両方が存在することは、幹細胞療法も状況がよく似ている。幹細胞治療にも、白血病に対する骨髄移植をはじめとしたまっとうな治療と、効果が明らかではない高額な対価をとって行われているインチキな幹細胞療法の両方がある。『「ニセ医学」に騙されないために』では、自費診療クリニックでの幹細胞療法で肺塞栓の発症や死亡例があることを述べた。


 

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説

新装版「ニセ医学」に騙されないために ~科学的根拠をもとに解説



2017年には、アメリカ合衆国の「幹細胞クリニック」において、加齢黄斑変性に対する自家脂肪組織由来の「幹細胞」の硝子体内注射治療によって重度の視力障害にいたった事例が報告された*1。クリニックの医師は臨床試験登録を行っており、患者はその登録情報からクリニックを見つけた。しかし、書面による説明文書には臨床試験との関連は言及されていなかった。つまり、最先端の臨床試験を行っているように見せかけて患者を集めていることが疑われる。患者は5000ドルを支払い、安全性も有効性も確認されていない治療を同じ日に両眼に受けた(通常は片側ずつ行う)。患者の一人は両眼とも完全に失明した。

臨床試験登録もあてにならないとしたら、患者は何を信用したらよいだろうか。一つは高額な自己負担があるかどうかだ。BuzzFeedの記事でも勝俣範之医師が「受けてはいけない免疫療法」を見分けるコツの一つとして「保険がきかない自由診療であること」を挙げている。将来は医療費増大の問題のため、きわめて高額な治療は効果はあっても保険適応にならない可能性があるが、現時点では「あまりに高額な医療は避ける」という方針はかなり有効な方法だ。患者資金による臨床試験もなくはないが、患者側に十分な知識がなければ避けた方が無難であると思われる。『「ニセ医学」に騙されないために』において述べたように、先進医療を謳って高額の対価を取る自費診療には注意が必要である。