NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

インフルエンザで「早めの受診」が必要なのはどんな人?

インフルエンザが大流行である。Yahoo!ニュースに■インフルエンザで「早めの受診」は間違いです! (新潮社 フォーサイト)という記事が載った。コメント欄やブックマークは賛否両論だ。

読んでみたところ、いいことも書いてあれば、首肯できないことも書いてある。持病などがない健康な成人がインフルエンザに罹っても軽症なら「早めの受診」が不要であるのは(医学的には)事実である。リンク先の記事では、あたかも「軽症患者が集中したら医療機関がパンクするから我慢しろ」と言っているかのように読めるが、医療機関の都合とは無関係に、個人レベルの利得のみを考えてもインフルエンザ流行期における軽症患者の受診はお勧めできない。

ほとんどの場合、インフルエンザは薬を使わなくても自然に治る。抗インフルエンザ薬は症状緩和までの時間を約1日間早める効果があるので、症状がとてもつらい人は薬から得られる利益もあるが、それほどでもない人にとってはあまり意味がない。それに、もしインフルエンザでなかったら受診のときに感染してしまうリスクまで負う。インフルエンザの流行時に軽い症状で医療機関に受診するのは割に合わない。私だったら高熱や関節痛や倦怠感といった典型的なインフルエンザの症状があっても、市販のアセトアミノフェン(解熱薬)でも飲んで家で寝ているのを選ぶ。

厚生労働省のサイトには「具合が悪ければ早めに医療機関を受診しましょう」と書いてある。Yahoo!ニュースの記事では「国の方針がまず間違っています」としているが、好意的に解釈すれば「具合が悪くなければ医療機関を受診しなくてもいい」ということなので、厚生労働省の方針は間違っているとまでは断言できない。しかし、具体的にどのぐらい具合が悪ければ受診が必要なのかは書かれていない。責任問題にもなりかねないので明示できないのかもしれない*1。厚生労働省は間違ってはいないが、以下のように言っているように見えるのだ。


    ヾミ || || || || || || || ,l,,l,,l 川〃彡|
     V~~''-山┴''''""~   ヾニニ彡|       具合が悪ければ
     / 二ー―''二      ヾニニ┤       早めに医療機関を
    <'-.,   ̄ ̄     _,,,..-‐、 〉ニニ|       を受診しましょう
   /"''-ニ,‐l   l`__ニ-‐'''""` /ニ二|       ・・・・・・
   | ===、!  `=====、  l =lべ=|
.   | `ー゚‐'/   `ー‐゚―'   l.=lへ|~|       だが・・・
    |`ー‐/    `ー――  H<,〉|=|       今回 どの程度具体が悪ければ
    |  /    、          l|__ノー|       受診するべきか
.   | /`ー ~ ′   \   .|ヾ.ニ|ヽ
    |l 下王l王l王l王lヲ|   | ヾ_,| \     指定まではしていない
.     |    ≡         |   `l   \__   
    !、           _,,..-'′ /l     | ~'''  そのことを
‐''" ̄| `iー-..,,,_,,,,,....-‐'''"    /  |      |    どうか諸君らも
 -―|  |\          /    |      |   思い出していただきたい
    |   |  \      /      |      |

その点、海外の公式サイトは基準を示している。一例としてCDC(アメリカ疾病予防管理センター)のサイトをご紹介しよう。■The Flu: What To Do If You Get Sick | Seasonal Influenza (Flu) | CDC(「インフルエンザ:具合が悪くなったらすべきこと)から引用する。






具合が悪くなったら何をすべきか?

インフルエンザに罹ったほとんどの人は症状は軽く、医学的なケアや抗ウイルス薬を必要としません。ほとんどの場合、インフルエンザの症状が出たら、家に留まり、医学的なケアを受けること以外は他の人との接触を避けなければなりません。

しかしながら、高リスクグループであったり、症状が重かったり心配であったりしたら、医師などの医療者に相談してください。


インフルエンザで「早めの受診」が必要なのは、高リスクグループ(重症化しやすい人)および重症者である。「インフルエンザだったら原則として受診が必要だけど、例外として軽症なら受診しなくてもいい」ではなく、「インフルエンザだったら原則として受診は必要ないが、例外として受診が必要な場合もある」というのが、国際的には標準的な考え方である。

CDCでは高リスクグループとして、5歳未満(特に2歳未満)の子ども、65歳以上の成人、妊娠中(および出産後2週間までの)女性、老人ホームなどの長期療養施設の入居者、アメリカンインディアンおよびアラスカネイティブ、喘息・脳血管障害後などの神経障害・慢性肺疾患・心疾患・血液疾患・内分泌障害(たとえば糖尿病)・腎障害・肝障害・代謝障害・免疫機能が低下している人・長期のアスピリン投与を受けている19歳未満の人・著明な肥満(BMI40以上)を挙げている*2

また、ちょっと具合が悪い"a little sick"だけでは救急外来に行くべきではないともしている。救急外来に行く「必要はない」ではなく「行くべきではない"should not"」である。

救急外来を受診すべき兆候は、小児であれば、速い呼吸または呼吸困難・青白い皮膚の色・十分に水分を飲まない・起きない・反応がない・抱かれることを嫌がる・インフルエンザ様の症状がいったん改善したのちの発熱や咳の悪化・発疹を伴う発熱・食べない・泣いても涙が出ない・いつもよりおむつの濡れ方が少ない。

成人であれば、呼吸困難または息切れ、胸腹部痛や圧迫感・突然のめまい・混乱(意識障害)・重度または持続性の嘔吐・インフルエンザ様の症状がいったん改善したのちの発熱や咳の悪化。






救急外来を受診すべき兆候のリスト(CDCのサイトより)



これはあくまでも救急外来を受診すべき兆候であり、かつ、アメリカ合衆国においての話である。日本での一般外来ではもうちょっと受診閾値は低くていい(軽い症状でも受診していい)とは思う。「自分では重症かどうか判断できない」場合は受診してもいい。また、リスクが不明な将来起こりうる新型インフルエンザの場合はまた話が違ってくる。

公欠の証明のためにインフルエンザの診断書が必要である場合もやむを得ない。医学的には受診が不要であるが社会的には必要である場合もあるだろう。ただ、将来的には検査や医療機関の受診なく休めるようになるのが望ましい。


*1:厚生労働省が別のページで言及していたらごめんなさい

*2:https://www.cdc.gov/flu/about/disease/high_risk.htm

イングランドにおいてHPVワクチン接種世代の子宮頸がんは増加していない

全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会事務局長・日野市議会議員の池田としえ氏が、英国においてHPVワクチン接種世代の子宮頸がんが確実に増加しているとツイートした。

池田としえ氏のツイートのリンク先は■英国で子宮頸がん検診開始年齢を下げなくてはならない現実 - 葉月のブログである。『葉月のブログ』では、イギリスのメイ首相がスメアテスト(子宮頸がん検診)の対象年齢を25歳未満に引き下げるよう訴えたとするBBCニュースをリンクしている。また、イギリスの年齢別子宮頸がん罹患率の年次推移のグラフを提示している。このグラフからは2011-2013年と比べて、2012-2014年では20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率が増加していることが読み取れる。






■Cervical cancer incidence statistics | Cancer Research UKより引用。別表によれば20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率は2011-2013年では10万人あたり3.3人から2012-2014年には4.1人に増加している。



調べてみたところ、そのものズバリ「近年のイングランドにおける20歳〜24歳女性の子宮頸がんの増加は懸念材料か?」という論文が発表されていた*1。たいそう興味深いのでここで紹介する(以下で紹介する数字や図は本論文からの引用である)。病気や死亡といったイベントの数を数えて適切に比較するのは思いのほか難しいことをご理解していただければ幸いである。

結論から言えば、イングランドで20歳〜24歳女性の子宮頸がん罹患が増えているのは事実である。しかし、「[HPVワクチン]接種世代の子宮頸がんが確実に増加している」という池田としえ氏が拡散した主張は誤りだ*2。また、メイ首相が子宮頸がん検診開始年齢を25歳未満に下げるよう言ったのは事実かもしれないが、現時点では「子宮頸がん検診開始年齢を下げなくてはならない現実」は存在しない。

イングランドにおいて20歳〜24歳女性の子宮頸がん罹患率は2012年には10万人あたり2.7人であったのがそのわずか2年後の2014年には4.6人と激増している*3。これは統計的に有意な変化だ。イングランドでは2004年に子宮頸がん検診の開始年齢を20歳から25歳にに引き上げている。メイ首相の発言は「検診開始年齢を引き上げたのは間違いだったんじゃないか」という懸念を反映してのものであろう。

著者らは、がん統計を精査して20歳〜24歳女性の子宮頸がんの増加が主に、24.5歳〜25.0歳女性における増加に由来することを見出した。20.0歳〜24.5歳ではがんは増加していない(むしろ微減)している一方で、24.5歳〜25.0歳女性の子宮頸がん罹患者数は、2013年までは一年あたり平均16人であったのが2015年には49人まで増えた。






20.0歳〜24.5歳の子宮頸がんは罹患数も罹患率も増えていない。一方で24.5歳〜25.0歳の子宮頸がんは2013年から急増している。



なぜか。HPVワクチンの影響ではありえない。もちろん、放射線被ばくそのほか生物学的な環境要因によるものでもない。答えは実に簡単な話で、イングランドでは2012年12月から、子宮頸がん検診の開始年齢が25歳から24.5歳に変更されたのである。大きな方針転換とはみなされていなかった。イングランドでは未受診者への再度の受診勧奨が最初の勧奨の6ヶ月後に行われる。検診開始年齢の25歳から24.5歳への変更は、25歳の誕生日までに多くの女性が検診を受けることができるようにするためであった。

25歳の誕生日以前に子宮頸がんと診断されれば、統計上は20歳〜24歳の子宮頸がんとしてカウントされる。実際の子宮頸がんの発生状況が変わらなくても、これまでは25歳の誕生日後に診断されていたがんが、半年早く前倒しで診断されるだけで、20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率は上昇する。なお、増加した子宮頸がんはstage Iに限られている。生物学的な原因でがんが増えたのならstage II以降のがんも同じ割合で増えるはずだ*4。一方で、2014年以降の25.0歳〜25.5歳の子宮頸がんは減少した。






2014年から25.0歳〜25.5歳の子宮頸がんは減っている。25歳の誕生日前に前倒しで発見されるようになったからである。2008年から2011年にかけての増加は、検診開始年齢が20歳から25歳に引き上げられたことと、テレビの有名人の子宮頸がん死亡による検診希望の増加による。



20歳〜24歳の子宮頸がん罹患率の上昇はがん検診が不十分であることが原因ではない。また、検診開始年齢が25歳に引き上げられた前後で、stage IIまたはそれより進行した子宮頸がんは増えていない。よって現時点では「子宮頸がん検診開始年齢を下げなくてはならない現実」は存在しない。

イギリスでは2008年からキャッチアップ*5として14歳〜18歳女性に対してHPVワクチンが接種されている。しかし、著者らはHPVワクチンの効果が子宮頸がん罹患の減少として現れるにはまだ早いと考えている。まだあわてるような時間じゃない。

『葉月のブログ』については、以前、■「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」というデマを検証してみたでも言及した。私が見るところでは不正確な記述が多々見られる。『葉月のブログ』の作者はとくに医療に関する専門家というわけではなく、仕方がないところもあるだろう。しかし、池田としえ氏は地方自治体とはいえ市議会議員、市民の代表である政治家だ。情報を拡散するなら十分に検討してからにしていただきたい。


*1: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29247658

*2:2018年2月15日追記。当初は「池田としえ氏の主張は誤りだ」としていましたが、「池田としえ氏が拡散した主張は誤りだ」に修正いたします。

*3:最初の図はイングランドのみでなくウェールズ、スコットランドおよび北アイルランドを含む。また偶然の変動の影響を減らすためか3年間の平均の値を使用しているようである

*4:死亡率の変化を伴わないことから韓国の甲状腺がん増加が生物学的な原因によるものではないと推定できるのと似ている

*5:本来の最適接種年齢は12歳〜13歳であるが「君らもう14歳以上だからワクチン打ってあげないよ」というのは倫理的に問題があるので、効果は落ちるが一定の効果が期待できる年齢にもワクチンを接種した

加熱式たばこ可は完全禁煙ではない

以前、■食べログで完全禁煙の店を検索する方法を紹介したが、今後はこの方法は実用的でなくなるかもしれない。

食べログが『「プルーム・テック」を楽しめるお店特集』を行っている*1。「プルーム・テック」とは加熱式のたばこ用デバイスである。現状の法律下では個々の飲食店が加熱式タバコを許可するのはかまわないし、食べログがそういう店をリスト化して紹介するのも良いだろう。

問題は加熱式たばこ可の飲食店も完全禁煙の条件下で検索結果に含まれてしまいうることである。以下は2017年12月10日現在、禁煙(分煙を含まず)の条件下で検索できた店の一例*2




だいたい「メインフロア完全禁煙 個室喫煙可」ってなんだよ。それは完全禁煙ではなく分煙だよ。


加熱式たばこ可は完全禁煙ではない。そんなことも食べログはわからないのか。加熱式タバコ可の店は完全禁煙の検索結果から外せ。

もともと食べログの点数はあまり当てにしていなかったが、喫煙・禁煙情報も信頼できないとなると、利用価値が激減する。「プルーム・テック」の特集ページには小さく[PR]とあるので、タバコ会社からお金が出ているのであろう。どんだけもらえるのか知らないが、検索結果を汚すことによる信頼失墜に見合うだけの金額なのだろうか。

飲食店でタバコを吸いたい人にも、タバコ(加熱式たばこ含む)が嫌いな人にも、両方に使いやすくするほうが、ずっと有意義であると思うがどうか。

*1:URL:https://tabelog.com/tieup/main/ploom/

*2:PC版でもiOSのアプリでも検索可能であった