cyborg0012さんによる「韓国ではスクリーニングブームが始まった2000年前後から年齢調整死亡率が低下している」という主張が正しくないことを指摘するために、前回のエントリー(■韓国において、1997年から2011年にかけて、甲状腺がんによる死亡率は低下したとは言えない)を書いた。これをわかりやすく一枚の図にまとめてみた*1。
韓国における男性の甲状腺がんの年齢調整死亡率の年次推移からは「2000年前後から年齢調整死亡率が低下している」とは言えない |
Y. M. Choi(2014)*2においては、5年おきのデータしか提示されていなかったので、「2000年から2010年にかけて死亡率が低下した」と誤って解釈してしまうのは仕方がない。しかし、こうして毎年度のデータを提示することで、少なくとも「韓国では2000年前後から年齢調整死亡率が低下している」という主張は取り下げていただけるものと期待した*3。しかし、cyborg0012さんは、主張を撤回することなく、別の新しい主張を持ち出してきた。
@NATROM あなたがY. M. Choi 2014年を頑なに拒んでも、「15年間続いた死亡率増加が検診によって食い止められた可能性」、これは無視できないでしょう。あなたの愛好する図を拡大しておきますね。よくお考え下さい。 pic.twitter.com/zZLDSfwDq3
— cyborg001 (@cyborg0012) 2015, 9月 9
すごいよね。正直、対話を続けようという心が折れた。説明は要らないと思うけど、いちおう突っ込ませてもらう。「死亡率増加は15年間続いてないじゃん」。1999年から2003年にかけての4年間だけでしょう。この4年間に限っても意味のある増加とは言えないことは一目瞭然でしょ。フラフラ変動していて、たまたま連続して4年間増加しているだけじゃないすか。ちなみに線形グラフでexpectedの線を過去に伸ばすと、1993年ごろに死亡率はゼロになります。
前回のエントリーを書いたときに予想したのは、「確かに2000年から死亡率が低下したとは言えない。その主張は撤回する。しかしながら、1985年から2000年にかけて死亡率は増加しており、検診が開始された2000年以後にその増加傾向が止まった。これは検診によるがん死抑制効果を示唆する」という反論である。だが、予想の斜め上の反応であった。
予想した反論に対して、既に私からは「時系列研究の一例だけをもって検診の効果を評価するのは誤りである」と指摘したが、せっかく「愛好する図」とやらを拡大していただいたので、指摘を追加しよう。検診開始年の1999年以前の死亡率の推移に注目してもらいたい。5年おきのグラフでは確かに1985年から2000年にかけて死亡率は増加しているが、毎年度のデータからは1997年から1999年にかけての死亡率の増加は明らかではない。韓国における成人の甲状腺がん死亡率の増大傾向は検診開始前には止まっているか、または、偶然の変動によって消えてしまうほどの小さいものである。つまり、時系列研究においてすら、韓国における甲状腺がん検診が甲状腺がん死を減らしたとは言えないわけである。
甲状腺がんの過剰診断の問題を理解しようとしない人たちの動機には、福島県の小児の甲状腺がんについて国家や大企業による被害隠しを許さないという正義感があるのはわかる。しかしながら、視野が狭いと間違う可能性が高くなる。甲状腺がんの問題について知りたいときは、甲状腺がんの情報だけを集めるのではなく、その周辺の情報も調べてみよう。簡単なものでいいから疫学の教科書を通読するとか、他のがん検診、たとえば乳がん検診や前立腺がん検診についての議論も調べてみるとか。不正に対抗するためには幅広く正確な知識が必要であると、私は信じている。
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*1:http://e-crt.org/journal/view.php?doi=10.4143/crt.2014.110 およびその参考文献から作成
*2:http://synapse.koreamed.org/DOIx.php?id=10.3803/EnM.2014.29.4.530
*3:普通はいちいちブログのエントリーに書かなくても、この図→ http://e-crt.org/upload//thumbnails/crt-2014-110f1.gif を見ただけでご理解できるであろうが