NATROMのブログ

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化学物質過敏症の女性に障害年金支給

化学物質過敏症は、微量の「化学物質」に対してさまざまな臨床症状を引き起こすとされている疾患である。「とされている」としたのは、本当に微量の化学物質によって症状が引き起こされているかどうか不明だからだ。原理的には盲検下で負荷テストを行えば証明可能であるはずだが、化学物質過敏症の患者がプラセボ(症状を誘発する「化学物質」なしのガス)によって症状が生じるという複数の報告がある。これは、化学物質過敏症とされる患者の一部は、「化学物質」の暴露ではなく、心理的要因によって症状が誘発されうることを示している。詳細については、■化学物質過敏症に関する覚え書きで述べた。さて、化学物質過敏症の女性が、「障害等級2級」と認定され、月額約6万6000円の障害基礎年金を受給できることになったというニュースが報道された。


■化学物質過敏症:31歳女性に年金支給 障害2級と認定(毎日)


 微量の化学物質に反応して体調を崩す「化学物質過敏症」と診断された川崎市の女性(31)が先月、障害年金の受給を認められた。病気の社会的な認知度が低いうえ申請手続きが煩雑なこともあり、支援団体によると受給が明らかになったのは初めて。「多くの人に希望を与える画期的な決定だ」と高く評価している。
 女性は、川崎市の新築マンションに転居した91年ごろから、目まいや倦怠(けんたい)感などの体調不良を訴え、02年1月に化学物質過敏症と診断された。現在は1日数回、発作で1時間以上にわたって呼吸困難に陥るため、母親(57)が付きっ切りで看病する。また、女性は化学物質から遠ざかる転地治療のため、年に数十回、標高1300メートルの長野県の山中に作ったテントに避難する。周囲の畑で農薬が散布される時期になると、山中でも発作が起き、安全な場所を求めて移動を繰り返す。


山中に避難するところからみて、化学物質過敏症の中でも重症例であると思われる。この女性の発作が「化学物質」によるかどうかは不明であるが、ともかく発作によって日常生活に支障があるのなら、何らかの支援が必要であろう。記事からは、社会保険事務所は受給を認めたが、化学物質過敏症の疾患概念を認めたわけではないようだ。障害年金の需給が認められたことを、支援団体が評価するのは理解できる。EM菌*1やら気功*2やらに関係するぐらいなら、社会保険労務士と組んで患者さんを経済的に支援するほうが有意義だ。

なお、この記事で一番問題があったのは、毎日新聞による解説だ。



 【ことば】化学物質過敏症 住宅建材や日用品に含まれるホルムアルデヒドや有機化合物などの化学物質が原因で、頭痛や倦怠感、呼吸困難などを発症する環境病。「シックハウス症候群」も含め、患者は全国で100万人に達するといわれる。重症の場合、ほとんど外出できず日常生活は困難だが、見た目は健康なため「神経質」「わがまま」などと誤解されることも多い。


「ホルムアルデヒドや有機化合物などの化学物質」って、ホルムアルデヒドって有機化合物じゃないのか。シックハウス症候群との混同も減点対象。100万人という患者数には科学的根拠はない■化学物質過敏症:成人患者推計70万人?で詳しく論じたが、発表者自身が「感度・特異度ともに課題を残している」と認めている簡単なアンケートが根拠だ。なるほど、患者は全国で100万人に達すると「いわれる」、というのは事実だが、かような根拠のない数字が広まった原因は毎日新聞による報道であろう*3。そもそも、解説するのであれば、医学界からは疑わしい疾患概念とみなされていることも書くべきだ。


*1:化学物質過敏症支援センターのサイトから、団体会員・賛助会員として(株)イーエムジャパンへのリンクが張ってある

*2:化学物質過敏症支援センターと大明気功院は互いの立場を尊重し理解しあっているそうである。■気功で化学物質過敏症が完治〜大明気功 体験談のコメント欄

*3:松永和紀は「新聞社が数字を水増しし恐怖感を煽っている、と言われても仕方がないでしょう」と指摘している