NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

経口摂取の同意書

■損賠訴訟:入院患者の遺族、水ようかん摂取が死因 病院ミス否定−−鳥取地裁 /鳥取(毎日)


 訴状によると、男性は03年10月上旬、肺炎などで同病院に入院した直後から医師に絶食を指示された。ところが同月中旬、担当の看護師が水ようかんを食べさせた約1時間後に死亡。原告側は死因は水ようかんが気管に入ったことによる呼吸不全と主張していた。
 病院側は答弁書などで水ようかんを男性に摂取させたことは認めたものの、直後に吸引器を使って摂取物を吸引したところ吸引物がなかったことから、死因は水ようかんを与えたことではないとして医療過誤を否認した。


このケースが医療過誤にあたるかどうかは、情報がないので判断できない。一般論を言えば、誤嚥のリスクが高くても、経口摂取を再開せざるを得ないことはざらにある。むろん、誤嚥が起こってもすみやかに対処できるような体制下で再開する必要はある。しかしながら、医療には不確実性があり、最善の処置を行っても救命できないこともある。また、誤嚥の可能性がある患者はまめに監視しておくのが理想ではあるが、マンパワーに限りがある現在の医療体制下では常に監視下におくことは難しい。看護師が目を離した間に誤嚥・窒息した事例で、医療機関の責任を問われた事例もある*1

「誤嚥するような高齢者はもはや寿命である。医療資源は有限であり、常時監視や胃瘻などにコストをつぎ込むなら、もっと別のこと(たとえば産科や小児救急)にまわすべきである」という意見はありうるが、取りようによっては高齢者差別であるし、現実問題としてそんな意見を言ったところで訴訟リスクは減らない。できる限りの努力を行うとともに、ご家族に十分な理解をしてもらうしかないだろう。「十分な理解」となれば、やはり口頭ではなく、文書によるインフォームド・コンセントが必要だ。いまや誤嚥の可能性のある患者に経口摂取させるのは、大腸内視鏡や造影剤使用や輸血と同じくらいのリスクがあると考えたほうがいい。それだけで訴訟が避けられるわけではないが、同意書が必要だと考えるがどうか。



ID:×××××  ○田○子 様

経口摂取をされる患者さまへの同意書

この同意書は処置の目的と内容を説明し、処置を受けることの同意をいただくものです。

[名称] 経口摂取
[目的] 経口摂取は口から食物を咀嚼し嚥下することで、消化管から栄養を吸収する行為を指します。また口から薬物を飲み込むことも指します。
[合併症] 脳梗塞後遺症その他によって嚥下機能の低下した患者さまは、経口摂取した食物や水分が気管へ入ることがあります(誤嚥)。誤嚥により気道(空気の通り道)を塞ぐと窒息を起こします。誤嚥する可能性が高い患者さまには、とろみ調整等の誤嚥しにくい食事をお出ししますが、誤嚥を100%防げるわけではありません。誤嚥、あるいは窒息が起こったときは、可能な限りすみやかに、吸引、気道確保等の処置を行います。最善の処置を行うよう努力をいたしますが、窒息によってごく稀に死に至ることがあります。気道確保の際、気管挿管のほか、緊急気管切開・経皮的気管穿刺針の穿刺等の観血的な処置を行うことがあります。また、誤嚥後には高確率で肺炎を起こします(誤嚥性肺炎)。抗生物質の投与などの治療は行いますが、誤嚥性肺炎を起こされる患者様はもともと全身状態の悪いことが多く、治療が長引いたり、死に至ったりします
[その他の方法] 経口摂取が不可能な場合、末梢輸液・中心静脈栄養・経鼻経管栄養・胃瘻栄養などで水分・栄養を補給する方法があります。それぞれ、長所・短所があります。

ごく稀には上記されていない予期せぬ合併症を起こす可能性もあります。ご不明の点がございましたら、ご納得いくまでご質問ください。ご納得されたならば処置を行いますので、処置を受けるか否かについてご返事下さい。

説明日 平成○年○月○日    説明医師  ■山■夫

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△△病院   殿            ※1または2を○で囲んでください。
1. 上記説明をうけ、治療に同意します。  2. 説明をうけましたが、治療は受けません。
患者氏名
代諾者                  続柄        


これはネタだけど、本当に採用している病院があっても私は驚かない。寒い時代だとは思わんか?

*1:患者が誤嚥で死亡、病院の責任は?日経メディカルオンラインURL:http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/series/hdla/200710/504389.html