NATROMのブログ

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シロアリの階級決定に影響する遺伝子の論文を読んでみた(下)

前回の続き。ニンフ繁殖虫とワーカー繁殖虫の交配実験において表現型が整数比をとることは、1遺伝子座2対立遺伝子モデルによって説明できる*1。カースト決定に寄与する遺伝子座をwkとし、遺伝子座wkにはwkAwkBという2つの対立遺伝子があるとする。考えられる組み合わせは、オスではwkAY、wkBYの2種類あり、前者はワーカーの系統に、後者はニンフの系統に分化する。メスではwkAAwkABwkBBがあり、それぞれニンフ、ワーカー、致死である。図にするとこう。




ヤマトシロアリの1遺伝子座2対立遺伝子モデル。赤字は引用者による。Hayashi et.al 2007より。

実験では環境の影響を均一にするためにワーカーだけに育てさせたが、実際には遺伝子型wkAAであっても、他のニンフ繁殖虫の存在下ではワーカーに分化する個体もある。同一コロニーに繁殖虫ばかりいてもしょうがないからであろう。カースト決定には環境も影響するのである。また、興味深いのは、オスとメスで遺伝子の影響が反対であることだ。オスでは対立遺伝子wkBを持つ個体はニンフの系統に分化するが、メスでは反対にワーカーの系統に分化する。「ワーカーになる対立遺伝子なんてものがあったとしても、あっという間に集団から消えてしまうのではないか」という当初の疑問は、そもそも「ワーカーになる対立遺伝子」を仮定したところから間違いであった。王アリの遺伝子型はwkBYで、女王アリはwkAAであり、よってどちらの対立遺伝子も集団から消えることがない。

また、コロニーの創設時には子はwkABもしくはwkAYであり、すべてがワーカーになる。初代ペアのどちらかが死んで、ワーカー繁殖虫が繁殖に参加して初めて、ニンフの系統が生じうる。ある程度コロニーが大きくなってからでないと羽を持つ繁殖虫は生まれないわけで、初期のコロニーに維持に役立っているようである。なるほど、うまいことできている。

ヤマトシロアリ以外のシロアリで、遺伝要因がカースト決定に影響する種はいるのだろうか。遺伝的カースト決定はアリでは比較的まれだが、シロアリでは一般的かもしれないとのこと。著者らのポスター発表がネット上にあった(■オキナワシロアリのカースト決定に対する遺伝的効果)。「同属のカンモンシロアリR. kanmonensisにおいても、ヤマトシロアリの場合とほぼ同じ結果が得られている」「オキナワシロアリのカースト・性の分離比は、ヤマトシロアリの場合(遺伝モデルの期待値)と似た傾向を示した。ただし、どの交配パターンにおいても、分離比は期待値からワーカーが多くなる方向に偏っていた」そうだ。

自然は我々の想像よりはるかに複雑である。かと思えば、一方で、1遺伝子座2対立遺伝子モデルによって説明できるという単純さも併せ持つ。奥が深い。

*1:たとえば、ABO式血液型はABO式血液型遺伝子座にあるA対立遺伝子、B対立遺伝子、O対立遺伝子によって決まる、1遺伝子座3対立遺伝子モデルで説明される。たとえるなら遺伝子座は住所、対立遺伝子は住民である