NATROMのブログ

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シロアリの階級決定に影響する遺伝子の論文を読んでみた(上)

昨年、新聞等でシロアリのカーストを決める遺伝子が発見されたと報道された。結構、私にとってはびっくりするような発見であり、ブログでネタにした(■シロアリの階級を決める遺伝子)。働きアリになる対立遺伝子なんてものがあったとしても、あっという間に集団から消えてしまうように最初は思えた。社会性昆虫のカーストは環境が決めるんじゃなかったの?たとえば、ミツバチにおいてはワーカーと女王バチは遺伝的に違いはなく、ローヤルゼリーで育てられると女王になる。

ところがどっこい、社会性昆虫の一部では遺伝子によってカーストが決定されるそうだ。GCD(Genetic caste determination :遺伝的カースト決定)と呼ばれる*1。アリでは既に発見されていたが、今回はシロアリ(ヤマトシロアリ:Reticulitermes speratus)にもGCDが見つかったというのがニュース。なんでワーカーになる遺伝子が集団から消えてしまわないか?それはシロアリの複雑な繁殖システムと、表現型が雌雄で異なることによる。まずはシロアリの性決定システムから。ハチ/アリと異なり、シロアリは性染色体によって性が決まる。XYがオスで、XXがメス。ハチ/アリのワーカーはすべてメスだが、シロアリのワーカーはオスもメスもいる。

コロニーの創設時には王アリと女王アリが繁殖するが、どちらかが死ぬと、コロニーのメンバーが繁殖に参加する*2。近親相姦ですな。ワーカーであっても繁殖する能力を失っていないということだ。繁殖能を持った個体はもはやワーカーとは呼べないから、ergatoid :ワーカー繁殖虫と呼ばれる。ワーカーとは別に羽を持つようになる発生経路もあって、そちらはニンフと呼ばれる。ニンフが成虫になる前に繁殖能を持ったらnymphoid :ニンフ繁殖虫。ややこしい。論文*3からfigureを引用しよう。





ヤマトシロアリのカースト発生経路。赤字は引用者による。Hayashi et.al 2007より。


まとめると、ニンフやらニンフ繁殖虫やら女王・王になる発生経路ワーカーやらワーカー繁殖虫やら兵士アリやらになる発生経路の二つがあるってこと。どちらの経路に行くかは遺伝要因が(と幾分かは環境が)決めるというわけ。しかも、X染色体上のたった1つの遺伝子によって。それを交配実験によって証明した。まさしく、メンデルがやったのと基本的には同様の実験だ。ニンフ繁殖虫とワーカー繁殖虫のそれぞれオスメスを交配させたところ、子の表現型に整数比が現れた。美しい。





Hayashi et.al 2007より。



fNおよびfEはそれぞれ、ニンフ繁殖虫♀およびワーカー繁殖虫♀の単為生殖。fNmNはニンフ繁殖虫♀×ニンフ繁殖虫♂、fNmEはニンフ繁殖虫♀×ワーカー繁殖虫♂、以下同様。私はもう答えを知ってしまったが、興味のある方は、どのような遺伝形式からこの表現型比が現れるか考えてみて欲しい。答えは次回。

*1:Whitfield J., GENETICS: Who's the Queen? Ask the Genes, Science 318:910-911(2007)

*2:詳しくは■シロアリの階級(カスト)と生活史を参考に

*3:Yoshinobu Hayashi, Nathan Lo, Hitoshi Miyata, Sex-Linked Genetic Influence on Caste Determination in a Termite, Science 318:985-987(2007)