NATROMのブログ

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「タミフルにより異常行動が半減するという厚労省解析は誤り」とする浜六郎氏の指摘は正しい


まずは毎日新聞の記事より。


■タミフル:厚労省解析「異常行動が半減」誤りの可能性*1(毎日新聞)


 タミフルは、10代の使用が原則禁止されている。研究班は、06年末から07年前半にインフルエンザにかかった18歳未満の患者、約1万人のデータを解析。「今後変わる可能性がある」と留保した上で、非服用者の異常行動・言動は約22%、命にかかわる重い異常行動は0.77%だったのに、服用者ではそれぞれ9.7%と0.45%だったと公表した。
 しかし今月10日の会議で、医療機関受診前に異常行動・言動を起こした患者を含めていた点について、本来解析対象にすべきではなかったとの指摘が出たといい、「服用者で半減」との結果は、服用と異常行動の関連を小さく見せるような、対象の偏りが原因だった可能性が高いとの結論に達した。
 一方、浜理事長は今回の解析について「タミフルを投薬された患者が服用前に起こした異常行動を、投薬されなかった患者の異常行動として扱った点が誤りだ」と指摘。正しく解析すれば、服用者の異常行動・言動の発症率は約16%、重い異常行動の発症率は約0.58%となり、それぞれ非服用者の約12%、0.34%を上回るという。


まとめると、厚生労働省(先月発表)「タミフル服用で異常行動はむしろ減った」。浜六郎「その解析は誤り。正しく解析すればタミフル服用群で異常行動は多い」。厚生労働省の解析のどこが間違っているかというと、「タミフルを投薬された患者が服用前に起こした異常行動を、投薬されなかった患者の異常行動として扱った点が誤りだ」。なんだかピンと来ない。服用前の異常行動をタミフル群の異常行動としてカウントするほうがおかしくね?タミフルが時間をさかのぼって異常行動を引き起こすとでも?最初は「ま た 浜 六 郎 か」と思った。しかし、NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック)のサイトを読んでよく考えてみると、予備解析は誤りという浜六郎氏の主張は正しいように思えた。


■1万人調査で有意の関連、10歳未満も(『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版)


 受診前やタミフル服用前など、インフルエンザの早期に発症する例がありうることは確かである(早期発症例)。しかし、注意が必要なのは、そうした受診前などにも発症する早期発症例は、タミフル非処方例の中にもあるはずだ。
 タミフル非処方群の異常言動発症例は、タミフル服用という行為はないから、その前後の区別はなく、早期発症例も、遅くに発症する異常言動も区別なく含まれている。したがって、非処方群のそうした状態と同じ条件のタミフル処方群の異常言動発症者を選ぶなら、タミフル服用前の異常言動発症者も入れて比較しなければ適切な比較にならない。割合の倍率は縮まるが、タミフルの影響を過小評価するだけで、過大評価することにはならない。
 どうしてもタミフル服用前の早期発症例をタミフル処方群から除きたいなら、タミフル非処方群からも早期発症例を除かなければならないのだが、そうした手続きをとっていないのである。操作は単に早期発症例を除外するだけでなく、タミフル処方群から除いた異常言動早期発症例を、非処方群の分母と分子に足してしまっている。しかも、タミフル非処方群の人数は処方群の3分の1あまりしかないので、非処方群の異常言動発症例の割合は一気に増えることになる。


まとめると、処方群から異常言動例を抜いて非処方群に入れ込むという誤分類により、厚生労働省の解析では非処方群の異常行動発症数を過大に評価してしまった、ということ。正直言えば、これを読んでも何か腑に落ちなかったので、単純なモデルで改めて考え直してみた。誤分類によってどのようなことが起こるのか理解することだけがモデルの目的であるので、単純化のために非現実的な仮定を置いた。

服用群でも非服用群でもどちらも異常行動の頻度は20%と仮定する。異常行動は発症後24時間以内に生じるが、どの時点で起こるかはランダム。2時間後に起こす人もいれば19時間後に起こす人もいる。発症と同時に受診・診断がなされるが、内服を開始するのは発症の6時間後である(正午に受診し、夕食後の内服開始前に異常行動を起こしたとでも思ってくれ。現実には異常行動を起こしてから受診した人も含まれるのであろう)。服用群と非服用群をそれぞれ1000人追跡するとどうなるか。



緑が異常行動を起こさなかった人、赤が異常行動を起こした人。投薬群と非投薬群では、24時間後にはそれぞれ200人ずつが異常行動を起こすことになり、20%対20%で差はない(仮定通り)。しかし、投薬群では内服前に異常行動を起こした人が50人含まれることになる。もしこの50人を非処方群の異常行動に算入すると、投薬群では150/950=約16%、非投薬群では250/1050=約24%となる。服用群と非服用群で異常行動の頻度に差がないと仮定したはずなのに、非投薬群においてずいぶんと異常行動の頻度が高くなってしまう。「処方群から異常言動例を抜いて、非処方群に入れ込む」という誤分類のためである。

誤分類については、確かに浜六郎氏の指摘通りである。ただし、厚労省解析は「一次予備解析結果」、つまり中間報告である。廣田氏自身の言うように「現時点では何も言えないデータだ」*2。次の報告では浜六郎氏の指摘が考慮されることを期待する。誤分類以外の浜六郎氏の指摘については、タミフルの害を過大評価したがる傾向にあるように思う。たとえば、タミフルの害を過小評価するバイアスについてはあれこれ指摘するが、タミフルの害を過大評価するバイアス(たとえばより重症の患者にタミフルが処方される傾向があれば、インフルエンザによる症状もタミフル群で多く見られることになる、など)については口をつぐんでいる。

タミフルが異常行動の頻度に影響するかどうかはまだ不明であるが、インフルエンザのみで異常行動が起こることは確かである。タミフル投与の有無に関わらず、インフルエンザ患者(特に小児)に対しては十分な観察が必要である。タミフルを使用するかどうかは、個々の判断によるしかない。私がインフルエンザにかかったらタミフルを飲む。私には10歳以下の息子がいるが、息子がインフルエンザにかかったら、やはりタミフルを使うだろうと思う。たいていはインフルエンザは自然治癒するものであるから、タミフルを使わないと判断する人もいるであろう。明確な結論が出ていないのにタミフルを使うかどうか悩むより、ワクチンやうがい・手洗い等の予防をしっかりするほうが建設的・現実的だと思う。


*1:URL:http://mainichi.jp/select/today/news/20080115k0000m040125000c.html

*2:URL:http://www.npojip.org/sokuho/071226.htmlより孫引き