2年ほど前、混合診療解禁が話題になった。オリックスの宮内義彦会長が議長を務める規制改革・民間開放推進会議が混合診療解禁を提案し、厚生労働省と日本医師会が反対したという構図である。混合診療の問題点については、■混合診療ってなに?(日本医師会)や■米国医療の実態から日本の医療改革を考える(李啓充氏)を参照していただくとして、当時の多くの医師は混合診療解禁に反対した。宮内会長の「金持ち優遇だと批判されますが、金持ちでなくとも、高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるでしょう。それを医師会が止めるというのはおかしいのです」という言葉は広く引用された。選択できると言えば聞こえがいいが、要は「貧乏人は家を売るか死ぬか選択できる。家を持たない貧乏人は死ぬしかない」ということだ。
必要な医療であれば保険診療内で可能にするのが筋である。そうすれば、貧乏人であっても家を売らずとも治療を受けられる。医療は平等であるべきと考える人や混合診療解禁となっても自己負担分の医療費を払えない人は、混合診療解禁に反対するべきである。しかしながら、当時ネット上では混合診療解禁賛成派も結構多かった。「私は小金持ちだから混合診療解禁になったらラッキー。貧乏人の医療費を負担するのはまっぴらごめん」という立場なら分からないでもないが、そうではなく、賛成派の多くは「素晴らしい改革を医師会が利権を守るため政治力を駆使して反対している」とでも考えているようであった。小泉首相とマスコミに騙された憐れな犠牲者といったところだ。
これが2年前までの話。2年前は、厚生労働省および日本医師会をはじめとした医療界の反対によって混合診療解禁は見送られた。もし、今、この問題が持ち出されたら、2年前のように医療界が一致団結して、混合診療解禁に反対できるだろうか?医療費は削られる一方で医師の労働条件は悪化している。2年前は私は混合診療解禁に反対であったが、今はどうでもいいやと思いはじめている。正直、混合診療を解禁したところで、医師はあまり困らない。むしろ、増えた自費診療の分だけ総医療費は増えるわけで、増えた分の何割かはオリックスをはじめとした民間保険会社が取っていくだろうが、医師の取り分も少しは残るだろう。
診療はつまらないものになる。現在は、保険診療の枠内ではあるが、どの患者さんに対しても区別なく精一杯やっていればよかったのが、混合診療解禁となればお金で患者さんを区別しなければならない。保険会社に「この治療を行ってよろしいか」とお伺いしなければならない。心理的にきわめて抵抗がある。しかしながら、「労働基準法違反の激務。薄給」とどちらがいいか。民間保険会社の言う通りの医療をやりさえすれば、給料アップ、休日あり、学会にも普通に行けるとなるとそっちの方を選択したくもなる。
医療の格差は広がる。割りを食うのは貧乏人と地方住民。これも都市部に住む医師は困らない。むしろ、このまま日本の医療崩壊が進み一面焼け野原になるぐらいならば、「金さえ出せば一定水準以上の医療が受けられる」医療機関が残っていたほうがいい。医師だって、いつ病気になるのかわからないが、オリックスの医療保険を購入するぐらいの給料は稼いでいる。
予言をしておく。近い将来、混合診療解禁の提案がなされ、今度は医療界からの強い反発もなく通ってしまうだろう。都市部の一等地にオリックスやトヨタが病院を建て(あるいは買収し)、金持ちを対象に医療を提供する。公的保険診療のみの病院と比べれば余裕があるから医師や看護師をたくさん雇える。金で患者を区別する診療に対し医療従事者は抵抗感はあるだろうが、今だったら良い労働環境と給料を出せば人は集まる。激務で使い潰されるぐらいなら、保険会社の手先になるほうがマシだし、「未来の日本の医療のために、どのような方法でもいいから、優れた医療技術を継承すべきだ」という考え方だってある。オリックス病院に人が集まった一方で、手薄になるのが他の病院。
焼け野原に点在するオアシス、ただしオアシスに入れるのは選ばれた者のみ、というのがありうる日本の医療の将来の一つだ。うがった考え方をすれば、現在の医療の荒廃は、オアシスを作るための意図的なものかもしれないのだ。