NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「不潔でいいから」

奈良・大淀病院事件において、「満床でベッドがなくても、ソファーに寝かせてもいいから受け入れれば良かったのに」という意見が、主に医療現場を知らない人たちに見られたのは記憶に新しい。Inoueさんが正しく指摘するように、医療界でのテクニカルタームを誤解しているがゆえであろう。「ベッドがない」「満床である」とは、物理的なベッドの不足を意味するのではなく、マンパワーの不足を意味している。

門外漢の方々が誤解するのもわからんでもないが、少なくともテレビや新聞で医療者を批判しようかって人なら、その程度のことぐらいは知っておいてもらいたい。プロ野球選手のプレイを、「3塁のほうが近いのだから、打者は1塁ではなく3塁に走れば良かったのに。でき得る限りのプレイを行うのがプロスポーツ選手の使命であり義務だ。恥を知れ」などと解説するようなものである。かような解説者は二度と野球についてコメントする機会は与えられないだろうが、これがなぜか医療となると的外れな解説に対するペナルティはないようである。

「ベッド」の他にも、誤解を招きがちなテクニカルタームがある。テレビのコメンテイターに説明する義理などはないが、患者さんに対しては配慮する必要はある。「難解な」用語であれば、説明の際にこちらも気をつけるが、簡単そうに聞こえるが実は一般で使用されているのと異なった意味の用語が要注意である。たとえば、「清潔」「不潔」。石鹸できれいに洗った手や、箱からとりだしたばかりの手袋は、一般的な用語では清潔と言っていいが、医療者のテクニカルタームではそれは「不潔」である。一方、一般的には、なにかバッチイものがついているのが不潔と言われる。というわけで、たとえば、


「手袋ちょうだい、不潔でいいから」


と医師が看護師に発した言葉は、「滅菌されていなくてもいいから手袋をくれ」という意味であるのに、患者さんが受け取る印象は違う。非滅菌手袋だって、一般的には十分に清潔であるのに。そういうこともあって、無用な誤解を避けるため、「清潔」「不潔」という言葉は使ってはならぬ、と通達が近日あった。どのように言い換えればいいのかは、書いてあったように思うが忘れた。「清潔」なほうはそのまま「清潔」でも「滅菌」でも問題ないが、「不潔」のほうは「清潔でないやつ」「安いの」「非滅菌」などが思い浮かぶが、どれも適切でないような気がする。強いて言えば「普通の」か。

ちなみに、とある病院のある階には病棟が二つあり、一方が免疫の落ちた人が入る「無菌病棟」で、もう一方は普通の病棟である。PHSにはどこからの電話か表示されるのだが、「無菌」と表示されるのはいいとして、もう一方から病棟からの電話は「有菌」と表示される。せめて「普通」か「一般」ぐらいにしとけよ。