NATROMのブログ

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進化論を疑うステッカーは憲法違反

以前、「生物の教科書に進化論を疑う但し書きをつけろ」というアメリカ合衆国コッブ郡の教育委員会の決定に、保護者が提訴したことを書いた。その続報。


■進化論に反対する教育委員会に違法判決(exciteニュース)*1


米国の裁判官は、合衆国憲法に違反しているため、進化論に反対する注意書きステッカーを教科書から取り除くように、あるジョージア学校区に命令した。
米国地方裁判所クラレンス・クーパー判事によると、アトランタで出されたこの判決は、コブ郡教育委員会が、2002年に生物学の教科書に注意書きを載せたことは、憲法で保障された政教分離に違反しているというものだ。
このステッカーには下記のような注意書きが書かれている。
“この教科書には、進化論についての記載があるが、進化論は事実ではなく、生物の起源に関する理論である。この教材には偏見なしに接し、慎重に学習し、疑問の念を持って考慮されるべきである”
注意書きに対して反対する保護者の会に変わって、教育委員会を訴えた全米市民自由連合(ACLU)のマギー・ギャレッド弁護士は「本当によかった。法が白黒つけてくれた」と話している。


ブログでは、アメリカ学研究所が詳しい。
■反進化論ステッカーに違憲判決(アメリカ学研究所)*2


よく知っている人もいるだろうけど、おさらい。いったいなぜ、アメリカ合衆国でこんなことが議論になるのか?聖書の創世記には、6日間で人間を含めあらゆるものを神様が創造したと書いてある。そのことを文字通り受け入れれば、進化論は間違っているに違いない。キリスト教徒のがすべてこう考えるわけではなく、進化論を許容する立場(神様は突然変異と自然淘汰という手段を用いて人間を創ったのだ、とか)もあるけれども、キリスト教の中でも、根本主義とか原理主義とか言われている人たちが、進化論を否定するのは理解できる。信教の自由は守られるべきだから、進化論を否定しようと、創造論を信じようとそれは自由だ。

でも、子どもを公立学校へ通わせると、そこで進化論を教えられるわけだ。まあ当たり前だよね。進化論は、地動説とか大陸移動説とかと同じく、科学的にはほとんど確からしい仮説なわけだから。でも彼らはそれが気に入らない。そういう人たちが一定の数だけいると、それなりの政治的な勢力となる。20世紀の初め頃は、州によっては「進化論は教えてはならない」という法律ができ、スコープスという教師が裁判にかけれらたりした*3。でも、こうした法律は、1957年の「スプートニク・ショック」をきっかけに廃止される。「アカどもに人工衛星の開発で先を越された。偉大なアメリカが負けるわけにはいかない。そのためにはちゃんと科学教育をせなあかん」というわけ。

キリスト教根本主義者たちは諦めない。1980年代には、キリスト教の影響力の強い州では、「創造科学」なる「科学」を、「進化論科学」と同じ時間だけ教えろという法律がつくられた。どうして「科学」なのかというと、アメリカ合衆国では、公立学校で宗教を教えてはいけないから。憲法でそう決まっている。政府が、特定の宗教に肩入れするのはヨロシクナイというわけ。こうした点は、アメリカ合衆国は素晴らしいと思う。とにかく、「創造科学は科学だから、公立学校で教えてもいいもん」といくら言おうが、創造科学の内容はかなりダメダメだ。故グールドが頑張ったかいもあって、この法律も違憲とされてぽしゃった。

キリスト教根本主義者たちは諦めない。州の教育委員会にもぐりこんで、進化論とビックバンをカリキュラムから外したり、より宗教色の弱い「インテリジェント・デザイナー説」*4なるものをつくったり、まあいろいろだ。こうした議論は、ほとんどがアメリカ合衆国で起こっている。科学者の間では、進化論か創造論かという議論は起こっていない。進化論が科学的に正しいことを、科学者たちは理解できるからだ。

今回のステッカーも創造論者のキャンペーンの一環。科学者側も、創造論者に対する経験をつんだとみえて、比較的すみやかに対応できたようだ。今後も、創造論者はいろいろな手段を講じてくるだろう。歴史的な背景を知っているとウォッチするのも楽しいよ。

*1:URL:http://www.excite.co.jp/News/odd/00081105785386.html

*2:URL:http://blog.drecom.jp/scheisse/archive/53

*3:別にスコープスが科学教育に燃える教師だったというわけではなく、迫害されたというわけでもなかったらしいけど。

*4:ガチガチの根本主義者にとってはインテリジェント・デザイナー説も受け入れ難いものだが、反進化論という点で共闘しているらしい。