NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

食塩さんと名取宏(NATROM)との会話。主に甲状腺がんの過剰診断について。

Twitterにおいて、食塩(tableSalt0117)さんと議論になりました。お返事が長くなり、またTwitterの仕様上、やり取りがわかりにくくなりますので、詳細にはついてここでお答えいたします。まずは、食塩さんと名取宏(NATROM)の会話をTogetterでまとめました。漏れがないようにはしていますが、もし、漏れがありましたらご指摘ください。


■食塩さんと名取宏の対話。主に過剰診断について。 - Togetter


以下、斜体は食塩さんのご発言からの引用です。食塩さんは、ここのコメント欄でもTwitterでも、どちらでお返事をなさってもかまいません。また、食塩さん以外の方でも、ご質問がある方は、コメント欄に書き込んでくださってかまいません(できればコメント欄のほうがありがたいです)。他の方々にも参考になるように、重要な部分は強調いたしました。



>「エビデンスはある」とおっしゃるんですが、実際には何一つとして提示がありませんでした。

実際には、地域差の乏しさ、福島県外・検診外からの発見の欠如、成人甲状腺がんからの外挿の3つについて、エビデンスを挙げました。医学についてよくわかっていない方と対話するとき、こちらがエビデンスを挙げたにも関わらず「エビデンスが提示されていない」と言われることはよくあります。提示されていないのではなく、提示されたものがエビデンスであることをご理解していただけないのです。

もちろん、複数のランダム化比較試験を統合したメタ解析といった質の高いエビデンスはありません。甲状腺がん検診については、ランダム化比較試験は行われていませんし、私の知る限りでは計画すらされていません。なぜなら、甲状腺がん検診が有効かもしれないと考える専門家がいないからです。計画されても倫理委員会で却下されるでしょう。

私の提示したエビデンスはランダム化比較試験と比べると質の低いものです。しかし、現時点で得られるエビデンスの中では最良のものだと考えます。もちろん、そうは考えない、異論があるというご意見もあるでしょう。そこから良質な議論が生まれます。しかし、「それはエビデンスであるがこれこれこういう理由で質が低い、最良とは言えない」ではなく「エビデンスの提示はない」となるとそこで議論は止まります。食塩さんからは具体的な反論はありませんでした。反論も何も、私の提示したエビデンスを食塩さんはご理解できなかったわけですから。



>まずは「地域差が乏しい」ことへのエビデンス提示をお願いしたわけですが。
ツイートでは具体的なデータ等の提示はないまま自問自答が始まってしまい、こちらは何のことかよくわからないまま「はあ…」と言って眺めることしかできません。


具体的には、「たとえば、PMID:27583855」を挙げています。2016年のOhiraらの報告です。わりと有名な報告で、いまどき福島県の甲状腺がんについて論じようって人なら当然にご存知であるはずです。しかし、どうやら食塩さんはご存知ありませんでした。ご存知であるなら、「確かに地域差が乏しいとするデータは○○や●●がある。しかしながら、××という理由でそのデータからは地域差が乏しいとは言えない」というように言及されるはずです。

まあ、「疫学的には素人」なのでご存じないことはいいです。しかしですよ、文献を提示してすら、「具体的なデータ等の提示はない」はないでしょう。少なくとも、言及はしましょうよ。もしかすると、食塩さんはPMIDをご存知ないのかもしれません。そのような方と議論するのはつらいものがあります。



>まず、「過剰診断」の定義について。
National Cancer Instituteも「混同」しているんでしょうか?


National Cancer Instituteは過剰診断の定義について「混同」していません。標準的なWelchらの定義に従っています。National Cancer Instituteが提示している、鳥、ウサギ、亀、カタツムリの図の(私の知る範囲内では)初出はWelchらです。おそらくは、食塩さんが過剰診断の定義をまだよくご理解していないがゆえに、National Cancer Instituteが過剰診断の定義について「混同」していると誤解したのでしょう。



>すみません、「ある」じゃなくて具体的に引いていただけないと論じようがありません


「大規模な過剰診断が起きたであろう」という推測については津金先生、高野先生、緑川先生などの論文があるという指摘に対するリプライです。具体的にはPMID: 26755830、PMID: 31121109、PMID: 31355909などです。

「地域差が乏しい」ことへのエビデンス提示のときと同じなのですが、大規模な過剰診断の存在について疑わしく考えている論者であっても、いまどき福島県の甲状腺がんについて論じようというなら、津金先生、高野先生、緑川先生の論文はご存知であるべきでしょう。論敵の主張を全く知らずに議論しているわけですよね。それから著者名を挙げているんですから、いくらでもご自分で調べられるはずです。まあ、PMIDをご存知ないようですので、文献を引く方法もわからないのかもしれません。



>「一定数が過剰診断である可能性がある」はわかりました。(最初から否定していない)
でも、現状50%過剰診断だったとしても統計的に異常な上昇ですよね。


現状50%過剰診断だったかもしれない可能性を認めているだけでも、食塩さんはかなりご理解のよい方だと思います。「現状50%過剰診断だったとしても統計的に異常な上昇」があるというのはご指摘の通りです。この異常な上昇を説明できる仮説は、50%どころではない過剰診断、発症まできわめて長い期間のある「狭義のスクリーニング効果」、放射線被ばくによる多発などが考えられます。



>さらに手術に至った例においては専門家が、少なくともNational cancer instituteで定義されたような例は除外したとしているわけですよね。


十分に除外されていません。たぶん、ここがキモですね。次に詳細について述べます。



>改めて「過剰診断」の定義をいくつかの文献で確認したんですが、「無害ではないことや進行が速いことが確認された時点で過剰診断から除外される」という点では間違いがないですよね。大人の甲状腺がんでは「リンパ節転移」が「進行が速い」ことの証明にならないから
「リンパ節転移があったとしても必ずしも過剰診断とはならない」というのはおっしゃる通りだったわけですが、その中でも進行の速いことが認められたものや一定サイズを越えている場合は「早く見つかってよかったね」という事になって治療が開始され、過剰診断からは除外されますね。


成人の甲状腺がんの過剰診断をお認めになっている点で、食塩さんはかなりご理解のよい方だと思います。ただし、小児であっても成人であっても、『進行の速いことが認められたものや一定サイズを越えている場合は「早く見つかってよかったね」という事』にはなりません。

食塩さんは、、甲状腺がんが診断された時点において、National cancer instituteの図でいうウサギ(過剰診断ではない)と、カメやカタツムリ(過剰診断)が区別でき、ウサギにのみ治療介入されている(少なくとも半分以上はウサギとみなしてよい)と主張しておられるのでしょう。

しかし、どうやってウサギとカメ/カタツムリを区別するんです?区別できるエビデンスありますか?診断時点で過剰診断かどうかわかればこんなに苦労はしません。現時点でできるのは、「こりゃどう考えてもカメやカタツムリだろ」とほぼ断定できるものを除外することだけです。「たいていはカメかカタツムリだろうけど、もしかしたらウサギかもしれないね」ってのは治療介入されてしまいます。

わかりやすいんでサイズを例にしましょうか。だいたい今のガイドラインでは1cmが基準となっています。1cm以下で画像上明らかな転移がなければ治療介入されません*1。なぜ1cm以下は大丈夫だと言えるのでしょうか。これは(ランダム化比較試験ではないけど)エビデンスがあります。1cm以下の甲状腺がんを治療介入せずに経過観察していても多くは症状を呈さないというコホート研究があります*2

それでですね、1cm以下のほとんどの甲状腺がんが過剰診断だとして、じゃあ、1.1cmの甲状腺がんはどうですか。まあ、たいていは過剰診断だと思いませんか。1cmを基準に足切りしたって、多くのカメ・カタツムリが治療介入されちゃうんです。

韓国の成人甲状腺がんでは(成人の甲状腺がんの過剰診断をお認めになっているので助かります)、検診で発見され治療介入された甲状腺がんのざっと95%がカメ・カタツムリでした。現在の治療ガイドラインに照らすと、その約半分ぐらいは足切りされて治療されません。さて、過剰診断の割合はどれぐらいになったでしょう。具体的な数字にしましょうか(わかりやすいように仮想的な数字を挙げていますが、正確な数字がどうあれ本筋は変わりません)。

以前の韓国であれば治療介入された甲状腺がん1000人のうち、過剰診断は950人です。また、現在の抑制的な治療ガイドラインならその1000人のうち500人が治療介入されません。その治療介入されない500人はすべて過剰診断だとみなしていいとします。さて、現在の治療ガイドラインで治療介入されてしまう人は何人で、うち過剰診断は何人で、その割合はどれだけでしょうか。

答えは、500人が治療介入されて、うち過剰診断は450人で、その割合は90%です。「一定サイズを越えている場合」だけを選んでもかなりの過剰診断が生じます。甲状腺がんはそういうものです。

「成人と小児は違う」という反論が予想されますが、現在の治療ガイドラインは成人の知見を元にしたものなので、ブーメランが突き刺さります。しばしば甲状腺がん検診に賛成する人たちは福島県では抑制的な治療介入されていることを肯定的に評価し、「成人と小児は違う。抑制的な治療介入でいいのか」という意見はあまりみません。ダブルスタンダードですね。

また、仮に進行が早いがんを選んで治療介入しているとして、会津まで汚染されているのであるなら、当然、福島県外にも自覚症状を呈して発見された進行の早い小児甲状腺がんが多発しているはずです。この点についてまともな反論を聞いたことがありません。

さらにさらに、よしんば過剰診断ではないとしても、必ずしも「早く見つかってよかったね」ということにはなりません。症状を呈してから治療介入しても間に合う症例や、検診で発見しても間に合わない症例もあるからです。どちらも病悩期間が延びるので、過剰診断ほどではないにせよ、検診から害を被っています。



>改めて「過剰診断」の定義をいくつかの文献で確認したんですが、「無害ではないことや進行が速いことが確認された時点で過剰診断から除外される」という点では間違いがないですよね。大人の甲状腺がんでは「リンパ節転移」が「進行が速い」ことの証明にならないから


小児でも「リンパ節転移」が「進行が速い」ことの証明になりません。あるならエビデンスを提示してください。甲状腺の治療を行っている専門家の意見ぐらいしかないと思います。がん検診でよくあることですが、治療に当たる専門家は、検診の害を過小に、利益を過大に評価します。



>「もし見つけなくても、害もしないし余命も縮めない」ものが過剰診断と定義されているわけですから、「見つけたことで余命や健康の向上につながる」場合は過剰診断から含まれないことになります。


その通りですね。



>基本的に開いた文献全部が、過剰診断を生存率、生存期間、生存期間中の健康回復に貢献しないものだと位置づけています。


過剰診断は生存率を上昇させますので、文献が間違っているか、食塩さんのご理解が間違っているかのどちらかです。



>そして、active surveillanceの導入によって少なくとも過剰治療は低減できるものとしています。


active surveillanceの導入によって少なくとも過剰治療は低減できるのはその通りです。存じています。



>福島県民健康調査では、一定のサイズ、成長速度などが認められない限り、細胞診をすることも避けて経過観察を続けているから、過剰診断自体も限定されていると主張しているわけですよね。


過剰診断自体も限定されています。まあいうなれば、抑制的な検査・治療をしなければ、過剰診断の割合が(たとえば)95%ぐらいのとこが、抑制的な検査・治療のおかげで過剰診断の割合が90%ぐらいになるという感じです。小児の場合は95%よりかは低くてもおかしくはないですが、本筋は変わりません。



>それでも300件発見された中280-90件ぐらいで「経過観察を続けてるけど全く何も起こってない」というような状況なら、わたし自身も過剰診断が主因となってる可能性を考えるんですけど、すごい数で手術をしてますよね。


「すごい数で手術をしている」というのはその通りです。それがよくないって言っているんです。それでですね、福島県で300人もの過剰診断ではない、進行の早い甲状腺がんを治療介入しているとして、福島県外・検診外から、自覚症状を呈して甲状腺がんが発見される事例がもっとたくさん出てもしかるべきではないですか。あるいは、「治療介入した症例の多くは過剰診断ではない」というギリギリの基準を運用しているのなら、「検診群において、治療介入されなかった症例から症状を呈した症例」がそれなりの数、発見されるはずです。


質問です。質問したいことはたくさんありますが、二つに絞ります。



●「専門家の意見」以外に、福島県の小児甲状腺がんにおいて、治療介入症例から過剰診断を十分に除外したと言えるだけのエビデンスを提示してください。



私はそのようなエビデンスはないと考えますが、食塩さんは当然、提示してくださるものと期待します。

念のため、予想できる反論に対して、あらかじめ反論しておきます。「抑制的な基準で治療介入する症例を選んだ」というのはエビデンスになりません。なぜなら、抑制的な基準で除外することができるのはほぼ確実に過剰診断だと言える症例だけで、それ以外のグレーな症例はすべて治療介入されてしまうからです。

専門家の意見以外のエビデンスとは、たとえば、福島県で治療介入されるような症例を治療なしで経過をみたところ多くが症状を呈したというコホート研究などです。まあ、ないですね。福島県外や検診外集団から有症状の甲状腺がんが多発していたら、傍証にはなります。



●甲状腺がん検診が死亡率の減少や「健康の向上」につながるというエビデンスを挙げてください。


具体的には、検診を行うと、検診を行わない場合と比べて、どういった有害アウトカムが減るのか、というものです。そうしたエビデンスがないなら、ないとお答えください。

*1:細かい例外はあるけど本筋には影響しない

*2:緩やかににてもサイズが増大すれば治療介入されますが、これらの多くも過剰診断だろう