■腎臓移植が普及しないのは医師の説明不足? at 宮城県議会 - うろうろドクター - Yahoo!ブログや、■タブロイド屋 - 新小児科医のつぶやきでも話題になっているが、数日前に、宮城県の県議会議員が、県議会常任委員会の保健福祉委員会において、医師2人を参考人として招き、腎臓移植が普及していない現状について意見を聴取したというニュースが報道された。
■慢性腎不全治療:人工透析偏重ただす 医師「現場余裕ない」−−県議会常任委 /宮城 - 毎日jp(毎日新聞)
この日は、元透析患者で生体腎移植を受けた経験がある今野隆吉県議(自民)が「患者の多くは移植の選択肢を医師から知らされず、透析しかないと思わされている」と指摘。参考人の佐藤寿伸腎センター長は「患者に移植や透析の長所や短所について詳しく説明し、どちらがいいか尋ねるのが理想」と前置きしたうえで、「現状では説明の時間が取れず新しい患者を診療できなくなってしまう」と理解を求めた。
腎移植の医学的適応がある患者に、移植の選択肢が全く説明されていないとしたら、それは問題である。説明義務違反で民事訴訟を起こしたら、賠償額はともかくとして、医師側が負けると思う。忙しいからというのは、説明しない理由にはならない(どこまで時間をとって詳しく説明するのか、というのは議論になりうる)。というわけで、佐藤寿伸腎センター長の答えは不適切である。ただし、記事の範囲内から判断する限りにおいての話だが*1。私が想像するに、移植について全く説明がないなどというのは考えにくく、通常は、現在の日本の現状に見合った分程度の説明はなされているのではないか。
日本で腎移植があまり行われておらず、人工透析に偏っているのはその通り。しかしそれは、現場の医師の責任ではない。少なくとも、県議会議員以上に、現場の医師に責任があるわけではない。というわけで、この話は、たまたま幸運にも生体腎移植を受けることのできた議員が、個人的体験を元に、現場の医師に筋違いないちゃもんをつけたのであろうなあ、と思っていた。しかし、実際のところは、もうちょっと面白い背景があった。m3の掲示板*2経由で、ネットで公開された宮城県議会の会議録を見つけた。
■平成22年 10月 保健福祉委員会(第328回)-10月07日−01号
◆(今野隆吉委員)
移植についてみんな知らないのです。幾らかかるのかな、手術代幾ら、もう400万円も500万円もかかるんでしょうというようなイメージが入ってしまっている。また、それを透析病院はそのように言うのです。だから、移植の説明書の中に、手術代はこのぐらいだけれども、自己負担は1万円で済むのですよというようなことを書いてあげるとか、もう少し、具体性がないパンフレットでは意味がないのです。
私たちと一緒に入院した人が、退職金をもらうのを待って移植しに来た人が、現にいるのです。学校の先生をやめてから来ているのです。だから、透析というのは延命治療で、死ぬのを待っているようなものです。その間に水は飲めない、果物や野菜は食えないのです。透析やっているから安心だと思ってみんないると思うのです。腎不全患者は、透析で延命しているだけです。必ず死んでしまうのです。延命しているだけが透析なのです。移植というのは、完全治療で治るのです。このように元気にみんなと一緒になって行動できるのです。そうしたら、一にも二にも移植を勧めるのが行政の仕事でなければならない。そこにドナーがいないということで、最終やむなし透析になるのです。
今は逆なんです。透析、透析ですから。だから、透析というのはもうかる医療です。1カ月1人から50万円の売り上げが上がるから、年間で600万円も売り上げがある。10人いたら6000万円です。100人いたら6億円。だから、27億円も一つのクリニックで利益が出てくるのです。10億円、20億円というのは当たり前なのです。こんなことをやっていたら、もう産科とか小児科だとか救急医療、医者はもうやるのがばからしくなる。だから、どんどん減っていく。そうすると、私のところに相談に来るのは、「透析の病院に申請を今度したいのですけれども」と。「ばか言え」と、私はその人に言ってあげるのです。「そんなに、銭もうけがしたいのか」と。「赤ひげの医者になりなさい」と言ってあげるの。
透析をやったら、5年以内で亡くなっているのが大半です。生存率10年というのは40%ぐらい。移植すれば80%の人が生存しているのです。だから、確かに、行政側が、薬メーカーやらいろいろなところから圧力がかかる。私が、透析ゼロを勧めただけでも、インシュリンメーカーから圧力がかかってきている。私一人で、今それのはねのけをやっている。行政がそれをやらなくてはいけないのです。
今野議員は、要するに、日本で腎移植が増えないのは透析利権が妨害しているからだと、そう言いたいらしい。実際、平成22年9月定例会においては、「腎移植の促進を阻んでいる抵抗集団」が存在するという前提で話している。ちなみに、日本で腎移植が増えない理由は、一般的には、抵抗集団のせいではなく、ドナー不足によるとされている。行政が一にも二にも移植を勧めたって、ドナーがいないことにはどうしようもない*3。生体ドナーを増やせばいいとでもと考えておられるようだが、それこそ、説明は誰がするのであろうか。
そもそも、今野議員の透析に対する認識には大きな問題がある。「透析というのは延命治療で、死ぬのを待っているようなもの」というのは誤りである。「移植というのは、完全治療で治る」というのも誤り。一般的に、透析と比較して移植のほうが生活の質が高く、生存率も良いというのは事実だ。けれども、けして透析は単なる延命治療ではないし、移植も完全治療ではない。質の良い透析で十分な社会生活を送れる人はたくさんいるし、移植であっても常に拒絶や感染のリスクがつきまとう。
「透析というのはもうかる医療」、というのも単純すぎる。たとえば、■透析難民でGoogle検索してみればいい。不採算であるため、医療機関が透析から撤退した事例がいくつも見つかる。「医療経済から見たRRTイノベーション」(RRTとは腎代行治療:renal replacement therapyのこと)*4という論文によると、日本の透析単価は切り下げられ、ほぼ先進国の標準単価になったにも関わらず、透析の質は高く、非常に費用対効果に優れた透析が行われている、としている*5。日本の透析の質が高いことは「透析に関わる多くの医師・看護師の長年の努力の結晶」であるとされているが、その努力を「透析で延命しているだけ」「銭もうけ」と評価されれば、「医者はもうやるのがばからしくなる」のではないか。
「私が、透析ゼロを勧めただけでも、インシュリンメーカーから圧力がかかってきている」、に至ってはまるきり意味不明である。膵腎同時移植でもしなければ、腎移植をしたからといってインスリンが不要になるわけではない。そもそもインスリンは単価が安く、広く使われている薬であるので、仮に透析患者が移植によりインスリンが不要になるとしても、インスリンメーカーが移植推進に圧力をかける必要はない。
平成22年2月定例会では、「心臓を守る理由で特定利尿剤を大量投与するため、腎機能が低化し、患者が増加しているのでありますが、刑法上問題はないのか、県警本部長にお伺いいたします」とある。単に医学的知識に欠けるというだけでなく、患者を意図的に腎不全に陥らせて透析で儲けようとする悪の組織が存在とでもお考えのようだ*6。
このような背景を考慮して、最初のニュースを見なおすと、なかなか趣深いものがある。参考人として招かれた医師は、今野議員からは、「腎移植の促進を阻んでいる抵抗集団」の一員に見られてた可能性があるわけだ。さらに言うなら、県議会における医師からの意見聴取が、ニュースになったことについても、いろいろと背景を想像できる。
*1:記事内容が適切だったかどうかは検証する価値がある。医師の返事は「移植の選択肢については説明している。しかし詳しい説明の時間は取れない」という内容だった可能性があると個人的には考える。
*2:URL:http://community.m3.com/doctor/showMessageDetail.do?boardId=3&messageId=1542596&messageRecommendationMessageId=1542596&topicListBoardTopicId=155382
*3:行政の仕事としてふさわしいのは、臓器提供意思表示についての説明を行うことだろう。「ドナー登録を勧める」ではなく「臓器提供意思表示について説明する」。これわりと大事
*4:太田圭洋、臨床透析、vol 24:6 P71 2008年、PDFファイル→http://www.nmckk.jp/pdf.php?mode=puball&category=JJCD&vol=24&no=6&d1=8&d2=0&d3=0
*5:「今後のRRT医療費を考えた場合,腎移植が推進される環境整備はぜひとも必要ではあるが,現在の透析導入の平均年齢が65歳を超えてるわが国において,腎移植がRRT治療の主流となるとは考えづらく,RRT医療費全体に及ぼす影響は,俯瞰しえる未来においては小さいと考えざるをえない.」という記述もある
*6:個々の医師が意図的に透析患者を作ろうとしていると言っているわけではないのかもしれない。その場合、どのような刑法上の問題があると言うのだろう?