NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

日本新型ウツ病学会(松井孝嘉学会理事長)が提唱する「頸筋症うつ」とは?

「新型うつ病」は精神病ではなく、首が原因で治せると主張する「日本新型ウツ病学会」が発足されたとのニュースがあった。いまのところ、報じているのはJ-CASTニュースのみ。


■「新型うつ病」は首に原因とする学会発足 雅子さまも? 治療で治せる : J-CASTニュース


学会理事長に就任した松井孝嘉・東京脳神経センター理事長 (脳神経外科) は「首からの新型うつ病の最も典型的な患者は皇太子妃の雅子さまではないでしょうか。毎年3万人超の自殺者の多くもこの病気であり、精神科では治らない」と早期の対応の必要性を訴えた。

(中略)

首からくる新型うつ病(頸筋症うつ)は、従来のうつ病にくらべて、身体症状の訴えが多く、症状の波があり、気圧が下がると悪くなるなどの特徴がある。また、治らないことからの不安や絶望気分から自殺の率は従来のうつ病の数倍も高い。松井さんは重症者に対して低周波治療や電気鍼治療を実施しており、患者さんの8、9割は、うつ症状が3週間、身体症状は3カ月以内に消える、という。「間違った治療によるむだな医療費、自殺者を減らしたい」と、学会設立を思い立った。
松井さんは、雅子さまの症状に関しては、微熱や風邪症状、天候による変化、のどの渇きやめまい、疲れやすい、不安感などが報道されていることから、典型的な首からの新型うつ病であり、精神科治療では治る見込みがないことを医師団に指摘したことも明らかにした。


この時点でかなり懐疑的にみなければならないことがわかる。「最も典型的な患者は皇太子妃の雅子さまではないでしょうか」とのことだが、松井孝嘉氏は実際に診察したのであろうか?「微熱や風邪症状、天候による変化、のどの渇きやめまい、疲れやすい、不安感などが報道されていることから、典型的な首からの新型うつ病であり、精神科治療では治る見込みがないことを医師団に指摘した」そうなので、実際には自分では診察しておらず、報道からの推測したと思われる。

新しい疾患概念について、自分で診察していないのに、「最も典型的な患者」などと診断することは普通はできない。しかも、首の痛みなどの首が原因であることが示唆される症状があるならともかく、微熱や風邪症状や天候による変化などなどの、非特異的な症状のみである。医師団に指摘したそうだが反応はあったのだろうか。おそらく相手にされなかったのではないか。

「毎年3万人超の自殺者の多くもこの病気であり、精神科では治らない」ともあるが、いったいどのようなデータがあればそんなことが言えるのか、私にはわからない。強いて言えば、うつ病の診療経験が豊富な精神科医が、「そういえば自殺した患者は首周りの症状を訴えていることが多かった」などといった印象を持ったのであれば、「もしかしたら自殺者の多くは”首からのうつ病”なのかもしれない」と言えるのみである。

以上のことから、松井孝嘉氏が記者会見を開いた目的は、他の専門家と協力して新しい疾患について研究していくことではなく、専門知識を持たない一般の人向けにアピールすることだと、私は推測する。聞こえのいい「○○学会」が発足し、「有名人の誰それもその病気だ」「精神科では治らない」と聞けば、東京脳神経センターを受診する人もいるであろう。

患者を集めるのが目的であれば、非特異的な症状のみが疾患の特徴として挙げられているのにも合点がいく。たとえば診断基準に「最低でも1ヶ月以上継続する頸部の痛み」などと付け加えれば、”首からのうつ病”の患者を識別する助けにはなるであろう。しかし、集まる患者は減る。

松井孝嘉氏の名前に覚えがあった。3年前に、松井孝嘉氏が提唱している「頚性神経筋症候群」なる怪しげな疾患概念についてエントリーを書いていた。


■頚性神経筋症候群(Cervical Neuro Muscular Syndrome)


非特異的症状を前面に出し、マスコミ露出を図っている点は、今回の「頸筋症うつ」と同じパターンである。おそらく、まともな医学論文がない点も同じだろう。「頚性神経筋症候群」と「頸筋症うつ」がどう違うのか、私には分からない。「新型うつ病も頚性神経筋症候群である」ではなにがいけないのか。新型うつ病にかこつけて新しい病名をつけて話題づくりを狙ったのではないか。

「患者さんの8、9割」は良くなるという主張についてはあまり意味がない。たとえば、下あごのズレを矯正すると称するバイオプレートでも同じくらい治る(参考:■バイオプレートにエビデンスなし)。バイオプレートに効くとされる諸症状が、「頚性神経筋症候群」や「頸筋症うつ」と似ているのは偶然ではない。それらはプラセボ効果や自然経過によって改善しうる症状である。

「プラセボ効果でも良くなるのならいいのではないか」という意見もあるだろう。軽症例のみを相手にしているのなら、容認できなくもない。しかし、今回の件では、「新型うつ病」を対象にしており、しかも精神科医による診療に悪影響を与えうる主張がなされているのが問題である。

J-CASTニュースの記事についても一言述べておく。記事はほとんど松井孝嘉氏の受け売りである。速報ではないのだから、せめて、うつ病の診療を行っている専門家にも意見を尋ねて両論併記するべきではないか。というか、医療ジャーナリストを名乗るのであれば、東京脳神経センターのトップページを見て、「これはなんか怪しい」と感じて欲しい。





今まで治療法のなかった17疾患が完治

東京脳神経センターのウェブサイトのトップページ(URL:http://tokyo-neurological-center.com/)より引用


なお、このエントリーは「頸筋の異常から自律神経を介してさまざまな身体症状が現れ」、うつ病もしくはうつ病と似た病態に陥る可能性を否定するものではない。そのような可能性があるとしても、あるいは可能性があるのならなおさら、専門家、つまりは精神科医と協力して病態解明にあたるべきである。