NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

マンガやアニメでの喫煙シーンの是非

平成18年に、日本禁煙学会は、漫画およびテレビアニメ「NANA」の「目に余る喫煙描写を直ちに止めることを要請」した*1。読者が喫煙をはじめるきっかけになるという危惧はわかるが、それにしたって、日本禁煙学会の抗議はやり過ぎである。抗議文には、「ファッションの一つと誤解させる」「未成年者の喫煙が健康に及ぼす悪影響の深刻さをまったく認識していない描写」「多くのキャラクターが所かまわず喫煙している」とあるが、ファッションの一つとして健康への悪影響など認識せずに所かまわず喫煙するようなキャラクターを描くのは作家の自由であろう。日本禁煙学会としては、本気で喫煙描写を止めさせたかったわけではなく、喫煙の害について耳目を集める、あるいは喫煙表現を牽制することが目的だったのかもしれないが、それにしたってやり方が稚拙であった。

タバコは、表現の上で一種の記号として働く。現実社会において、ある集団に喫煙者が多いのなら、表現者がそうした集団に属するキャラクターにタバコを吸わせるのは当然のことであろう。私は「NANA」は未読であるが、「NANA」の登場人物たちが揃いも揃って非喫煙者であったらきわめて不自然なのではないか。他のマンガやアニメにも、喫煙する魅力的なキャラクターはいくらでもいる。健康への悪影響を配慮する次元大介など見たくはない。現実社会のほうが変化したら、物語の登場人物の喫煙率も自然に変わる。田宮二郎が主演したドラマ「白い巨塔」においては、登場する医師たちは揃いも揃って、患者を第一に考える理想的な医師として描かれる里見先生ですら、喫煙していた。唐沢寿明が主演した平成版では、里見先生は喫煙していない。現代の医療現場を描くにあたって、理想的な医師が喫煙をしているというのは不自然だ。唐沢寿明演じる財前五郎は喫煙していたが、10年後ぐらいにまたドラマ化されたときは、財前五郎は、おそらく非喫煙者として描かれるであろう。その頃には医師の喫煙率はさらに下がっており、教授を目指すような優秀な医師であればなおさら煙草は吸わないからだ。

前置きが長くなったが、日本禁煙学会学術総会の抄録で興味深いものがあったので紹介したい。


「漫画アニメ界での喫煙シーンを考察する 〜イメージが刷り込むファン層へのタバコ擁護心理〜」 師岡康江*2


【目的】日本の漫画アニメ作品は各国語に翻訳され、世界中に日本のサブカルチャーとして紹介されている。そこに喫煙に関する情報が、どのような描かれ方をしているか?特に女性読者層への影響を考察する。


興味深そうでしょ?



【結果】WJ 2008年14号に掲載された「銀魂」第二百二訓は、人気キャラクター「土方十四郎」が禁煙するエピソードを描いている。しかし次ストーリーでは、その人物は喫煙を続けている。その当時を語るブログなどを検索した結果、喫煙する登場人物に同情する意見、もしくはノーコメントの反応が著しかった。アニメでもこの登場人物の喫煙シーンは大変好ましく描かれている。「NARUTO」では恩師の死を悼み、15歳の少年が喫煙するシーンが掲載された。「ONE PIECE」では、人気キャラクターであるサンジを筆頭に、女性も含め多くの喫煙シーン描かれている。「鋼の錬金術師」では下半身不随になる程の外傷を負った人気キャラクターに、「病室で一日一本だけ喫煙可」というシーンが描かれた。いずれの作品も多種多様のメディアで商品化されている上に、ファンの間では独自の創作活動も盛んであり、その多くが10代前半から始まる女性達である。


なんら注釈なく週刊少年ジャンプをWJと略しているのが気になる。ジャンプの漫画の登場人物でも、こち亀の両さんは、作品中で喫煙の害について力説した後禁煙した(と記憶している)が、「10代前半から始まる女性達」の対象外なのであろう。ワンピースのサンジはそういや咥えタバコだな。ネットで調べてみたら、アメリカで放送されているワンピースでは、タバコがキャンディーに差し替えられているそうだ。ありそうな話だ。アメリカに比べると、まだ日本の規制は緩いということか。銀魂はどうでもいいが、NARUTOと鋼の錬金術師は勘弁してやれという気持ちになった。



【考察】実際作品内で喫煙シーンは少ない。しかし問題は、その数少ない喫煙シーンの使われ方である。人気作品の人気キャラクターが、決めゴマで喫煙している事で、ファンは「喫煙」=「格好いい」と刷り込まれてしまう。しかも女性ファンは現実でも「喫煙男性」=「格好いい」とスライドして、パートナーへの喫煙抑止力とならない可能性が高い。実際自らの二次創作的作品で喫煙シーンを描く際、好ましいイメージ優先で描写されている。今後禁煙化の世界を実現する為に、喫煙者ではない「無関心派」に理解を得られるかは将来を左右される問題だが、「恋する乙女心」に刷り込まれているイメージを覆すことは難しい。しかし女性ファン層に、闇雲に作品への閲覧禁止を訴えるなどは逆効果と思われる。根本的な問題として、作者及び制作者側の意識改革が急務である。その為には「お客様に弓は引けない」商魂に則り、「一読者」「一視聴者」としての意見を述べる事が重要であると考える。


創作世界の中で「喫煙」=「格好いい」というイメージになるのは、現状では仕方がない。ていうか次元大介はかっこいいだろ。過去に制作された作品もあり、規制しようがない。別に漫画のキャラクターが煙草を吸ったって別に煙くないし、基本的にはマンガやアニメでの喫煙シーンは容認する。もちろん、『「一読者」「一視聴者」としての意見を述べる』ことは別にかまわない。少なくとも、学会の名前を出して「抗議文と要請」を出したりするよりは。

*1:『漫画、テレビアニメ「NANA」の喫煙描写に対する抗議文と要請』、URL:http://www.nosmoke55.jp/action/0606nana.html

*2:PDFファイルで読める 66ページあたり→URL:http://www.nosmoke55.jp/gakkai/200808/0808jstc_council.pdf