NATROMのブログ

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ビッグバン宇宙論


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■ビッグバン宇宙論 (上)
■ビッグバン宇宙論 (下)


サイモン・シン著、青木薫訳の組み合わせ。■フェルマーの最終定理■暗号解読のいずれも面白く、読む価値があった。本書も2006年6月に日本語版が出てすぐに買ったが、積読になっていたのをいまごろ読了した。ただ最新の宇宙論を論じたものではなく、ビッグバン理論の成り立ちを科学史的に論じたものであるから内容は古くはならない。

上巻はエラトステネスによる地球の周囲の長さの測定からはじまって、天動説と地動説の論争、アインシュタインの一般相対性理論、ハッブルの法則を扱う。数式は必要最小限のみで、もはや複雑な物理学を理解する意志も能力もなくなった私にとってはありがたい。天動説から地動説へ、あるいはニュートン力学から相対性理論への変遷は、ビッグバン宇宙論を理解するための基礎知識であるとともに、科学がどのように進歩するのか、パラダイムシフトとはどういうものであるのかという説明にもなっている。

下巻では定常宇宙論モデルとの対決、重い元素の合成の理論、遠くの銀河までの距離の測定、宇宙背景放射の観測など。私は知らなかったが、ビッグバン・モデルでは初期の宇宙にゆらぎが存在していたと予測され(ゆらぎが存在していなかったら現在の宇宙はもっと均一で銀河はなかったはず)、そのゆらぎが実際に観測されたのは1992年と意外と最近であるのだ。著者のサイモン・シンは、この宇宙背景放射の微小なゆらぎの発見をもって、ビッグバン宇宙論へのパラダイムシフトの完了、ビッグバンモデルの正しさが証明されたとしている。

読み物としても面白さは、さまざまな科学者のエピソードの紹介が豊富であることにもよる。科学関係の本は結構読んでいるはずなのだが、初めて聞いたようなエピソードが多数あった(単に忘れているだけかもしれぬが)。ニュートンが嫌な奴だとは知っていたが、有名な「もしも私がほかの人たちよりも遠くを見たとすれば、それは巨人たちの肩の上に立ったおかげなのです」という言葉は、謙遜ではなく、ライバルのロバート・フックに対する嫌味であったとのこと。また、削られるのを防ぐ目的で硬貨の縁にギザギザをつけたのはニュートンの功績だそうである*1

その他、アインシュタイン、ハッブル、ホイル、ガモフといった有名どころから、正直私にとってはあまりなじみのなかった人たちまで、さまざまな科学者たちが登場する。天文学・物理学そのものの美しさと同時に、科学者たちの物語の魅力が伝わってくる本であった。


*1:P138