NATROMのブログ

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2-15%という数字は果たして大騒ぎする程の話か


はい。ブコメは文字数が限られてますので私も大変雑な要約になった点は申し訳ないです。ただ、2-15%という数字は果たして大騒ぎする程の話かと思いますが。ほうれん草を食べるのを控えようという話になりますか?

2〜15%というのはbioavailability(食事中のシュウ酸が吸収される割合)の話で、シュウ酸のリスクとは直接関係しません。内因性のシュウ酸と外因性のシュウ酸の比のほうが重要で、もっと重要なのが実際に疫学的に観察された食事中のシュウ酸の量と尿路結石の関連です。(Liebmanは「2〜15%」という数字を「少ない、ほとんど吸収されない」というよりも、「ぶれがある。工夫次第でbioavailabilityを下げられる。たとえば私のプロバイオティクスとかで」と言いたくて出したのでは)

食事中の物質Xと疾患Aの関連を知りたいとしましょう。尿中の物質Xの濃度と疾患Aの関連は既知だとします。物質Xのbioavailabilityが1%であっても、食事中の物質Xと疾患Aが強い関連を持つ場合もありえます。内因性の物質Xがなく、尿中の物質Xの濃度は食事中の物質Xに規定される、といったケースです。

逆に物質Xのbioavailabilityが100%であっても、食事中の物質Xと疾患Aの関連はほぼない、という場合もあります。吸収される物質Xの量と比べてきわめて大量の内因性の物質Xが生体内で合成されており、たとえ100%吸収されるとしても誤差範囲内、というケースです。

内因性のシュウ酸と外因性のシュウ酸の比はどうやらよくわかっていないようで、「約70%は外因性」だ、という数字もあれば、"estimates range from 10 to 50%"という数字もあって、どっちなんだYO!という感じです。ただ、これも10%だろうが70%だろうが、本当に大事なのは、シュウ酸の多い食事が尿路結石のリスクになるかどうか、です。疫学的にリスク上昇が観察されたなら、そちらを重要視するべきです。

ほうれん草の摂取の尿路結石発症における相対リスクは、コホート集団によってぶれがあるものの、おおむね約1.3倍ぐらいです。これを「大騒ぎする程の話か」どうかは主観も入りますので、大騒ぎしなくていいと考える人もいるかもしれません。受動喫煙の肺がんにおける相対リスクがだいたいそれぐらいです。受動喫煙は肺がんの"major risk factor"ではありません。でも"modest associations"はあるわけです。「大騒ぎする程の話か」と考える人もいるでしょうが、医療従事者にとっては無視できるような数値とは言えません。

また、仮に受動喫煙以外の肺がんリスク要因の話が持ち上がってきて、新しい観点からの分析が進んでいるとして、受動喫煙がリスク要因であることは否定されません。どこまで受動喫煙を規制するかは社会的に考えるべきでしょうが、「気にしなくていい」「あんまり関係ないんじゃね」という結論にはならないように思われます。

前時代的フードファディズムとして批判されるべき対象はほかにもあるのではないでしょうか。シュウ酸(あるいはほうれん草)と尿路結石のリスクは、コホート研究で示され、メカニズムとしても合理的です。「生で1 kg毎日食べ続けない限り心配ない、は不適切」「食べ過ぎない程度に食べるのが賢明」はごく妥当な主張だと思われます。なぜそこまでこだわるのかよくわかりません。