NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

「化学物質過敏症って心因症なの?」に対するお返事

(化学物質過敏症全般については、■化学物質過敏症に関する覚え書きを参照のこと)。



本エントリーはanan1477 さんによる以下のツイートに対する返信である。
https://twitter.com/anan1477/status/404266933136019456




anan1477 さん、リプライありがとうございました。私のお返事が必ずしもanan1477 さんのためになるとは限りませんが、誠実な訴えを受けて返事をしないのはこちらが不誠実になると考えました。



「心因症であれ、他の病気であれ、化学物質過敏症であれ、原因がはっきりしていて、治ってくれれば、ようは、それでいい」という意見にほぼ同意いたします(わずかに意見が異なる部分は、原因がはっきりしなくても治ればいいと私は思っている点です)。私の批判の対象は、化学物質過敏症の患者さんではなく、化学物質過敏症が超微量の化学物質で起こるとしている臨床環境医です。この点において、anan1477 さんにも同意できる部分もあると期待します。

「化学物質過敏症と心因症とでは、治療法・対処法が、全く違う」と意見にもまったく同意します。仮に、化学物質過敏症とされている患者さんが(すべてではないにせよ大半が)、実は微量の化学物質によって症状が誘発されているのではないとしたら、臨床環境医による治療はまったく的外れである可能性があります。的外れであるだけでなく、むしろ悪化させているのではないかというのが、現在の主流の医学界での考え方です。主流の医学界では、「医師は、さまざまな低用量の化学物質への暴露を避けるように患者に勧めてはならない」「化学物質の曝露からの長期間の回避の推奨は禁忌である」という意見があり、私もその通りだと考えています。



「化学物質過敏症に関しては、風評被害を問題視しなければなれない」という意見にも同意しますが、風評被害の対応の方法論が、anan1477 さんと私とで異なるのだろうと思います。化学物質過敏症の症状誘発が微量の化学物質によって誘因されているという証拠はいまのところありません。それどころか、二重盲検法による負荷試験では微量の化学物質が症状誘発の原因ではないと示唆されます。現時点で得られている医学的知見では、「超微量の化学物質の暴露によって症状が誘発されるので配慮してください」と呼びかけるのは不適当であると考えます。(anan1477 さんはそうではないとのことですが)「化学物質で症状が誘発される」という主張を聞いて心理的に症状が誘発されやすくなる人もいるかもしれません。風評被害に対する代案として、「化学物質過敏症」という議論のある病名にこだわないほうがよいと私は提唱しました。



■香水の自粛のお願いに化学物質過敏症を持ち出さないほうがいい



ついでながら、風評被害を気になさるのであれば、私よりも「一部の発症者数名」のほうがずっと問題なのではないでしょうか。

二重盲検法による負荷試験にanan1477 さんが懐疑的な立場を取っていることは存じております。しかしながら、当の臨床環境医たちが、(負荷テストによって)「はじめて化学物質過敏症であることが最終的に証明されるのです」などと主張していたのです。負荷テストが信頼できない検査だったとして、それまで臨床環境医たちが負荷テストによって診断してきたことはいったいなんだったんでしょうか。




「プラセボ反応が、まだ小さな子供に引き起こってしまっていたんだとしたら、それは、いったい、どういう状況なのだろうな」という点については誤解があるようです。化学物質過敏症の症状誘発のすべてが「プラセボ反応」(ノセボ反応と言った方が正確かもしれません)だとは私は主張していません。プラセボによっても症状が誘発されうるとは主張しています。別の原因による症状誘発もあるでしょう。

anan1477 さんの体験は、私の主張と矛盾するものではありません。たとえば、プールに入れない園児は塩素の臭いに反応していたのかもしれません。プールの臭いは臭覚閾値以上で、「超微量」でもなんでもありません。「人工物質が存在する事を、私自身が知らない状況下で、人工物質が存在した場合、それでも、私は反応が引き起こってしまう」点については、症状が生じた後に、原因である「人工物質」を探してしまうことで説明できます。anan1477 さんの言うように現代社会では「人工物質が微量にも存在しない場所など、無いに等しい」のですから、症状が生じた場所を探せば、必ず、「人工物質が存在している証拠が、後になって出て」きます。このことを私は「原因探しバイアス」と呼んでいます。anan1477 さんの体験は、化学物質過敏症の症状誘発が超微量の化学物質によるもでなくても、説明可能なものです。


■「原因探しバイアス」についての、過去の掲示板における説明


「化学物質過敏症専門医に、ホメオパシーなるものを勧められた事が、一度として無い」というのは、日本においてはそうでしょうね。しかしながら、私は現在の日本において化学物質過敏症の診療にホメオパシーが多く使用されていると主張したことはありません。私の主張は、臨床環境医学の中心的人物であるウィリアム・レイ(William Rea)医師がインチキ医療を行うような人物であるのを示すことです。ホメオパシーは、単にもっともわかりやすいインチキ医療であったから例に挙げたまでです。


■治療にホメオパシーを用いる化学物質過敏症の権威


「ウィリアム・レイ医師は確かにインチキ医療を行うかもしれないが、日本の臨床環境医はそうではない」という主張には一定の合理性はあります。しかしながら、石川哲医師、宮田幹夫医師といった日本臨床環境医学会の創始者たちは、レイ医師のもとで学び、レイ医師を高く評価していたのです。ホメオパシーを使っているかどうかというのはどちらかといえば瑣末な問題であり、重要なのはインチキ治療を見分けられる能力を持つか否かです。能力があればホメオパシーは使わないし、ホメオパシーを使う医師を高く評価したりもしません。



「洗脳された覚えは、一度も無いのだ」という点については、anan1477 さんについてはそうかもしれません。しかしながら、臨床環境医たちは「汚染社会」「家の中には化学物質がぎっしり」「キッチンも化学物質だらけ」「オフィスだって化学物質では負けていない」などと、私から見たら患者を脅かし不安にさせるような主張を行っていました。anan1477 さんの主治医は幸いにもそのような患者を不安にさせるようなことを言わなかったのでしょう。しかしそのことは全ての臨床環境医が「洗脳」していないと言うには不十分です。

付け加えるのなら、別に医師が言わなくても、「人工物は危険である」という主張はちまたにあふれています。そのような主張を聞いたことのない人はほとんどいらっしゃらないでしょう。「無農薬で育てた植物が原料、かつ天然成分100%無添加のお香」なるものは、「人工物は危険である」と考えている人が一定数いるからこそ売られているのではないですか?それから、私が疑問なのは、無添加のお香であってもホルムアルデヒドやダイオキシンや一酸化炭素といった有害物質は発生するのですが、そうした化学物質にanan1477 さんが反応しないのはいったいなぜなのでしょうか。天然物でも危険なものはあるし、人工物でも安全なものはあります。どうして人工物により多く反応する傾向があるのでしょうか。



「プラセボ反応で、麻痺症状・ボケ症状・味覚障害・聴覚異常・その他の症状まで、出てしまうの?」という点については、「出てもおかしくない」ということになります。むしろ、客観的な検査で異常が出にくいにも関わらず多種多様な症状が生じることが、症状誘発が心因性によるものであることを示唆しています。



anan1477 さんたち化学物質過敏症とされる患者さんの苦痛は疑いません。しかし、その治療には臨床環境医によるアプローチでは不適切であると私は考えています。客観的な証拠もなしに症状誘発を化学物質のせいにしていては有効な対策はとれません。現時点で、臨床環境医による治療で質の高い臨床試験で効果があると証明されたものは存在しません。少ないとかではなく、ゼロです。幸いにも他の方法論での研究も進んでいます。日本における化学物質過敏症診療も臨床環境医学と距離を取りつつあります。いち早く有効な治療法が見つかることを願っています。



2014年1月22日追記■「化学物質過敏症って心因症なの?」に対するお返事その2を新たにつくりました。この新しいエントリーではanan1477 さんと私以外の人のコメントを禁止します。古いエントリー(このエントリー)においてのコメントはそうした制限はありません。


2014年9月1日追記。anan1477 さんのブログが以下に移転しましたのでお知らせいたします。
■PARADOXES WHICH OCCUR IN OUR LIVES