NATROMのブログ

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「花粉を水に変えるマスク」の臨床試験の結果は早く公表されるべき

一年前に話題になった「花粉を水に変えるマスク」

「花粉を水に変えるマスク」ってありますよね。1年前(2018年春)に活発な議論がなされました。インターネット上では山形大学理学部物質生命化学科天羽研究室の以下のページがまとまっています。


■花粉を水に変えるマスクに飛びついてはいけない【追記変更あり】 — Y.Amo(apj) Lab
■「花粉を水に変えるマスク」をめぐる追加の議論 — Y.Amo(apj) Lab


また、RikaTan (理科の探検) 2019年4月号において左巻健男さんが『「花粉が水に変わるマスク」騒動』を寄稿しています。

メーカーは、「ハイドロ銀チタン」という素材を触媒として、花粉内のたんぱく質を水などに変えると主張しています。もちろん、たんぱく質は水素以外にも炭素や窒素や硫黄を含んでいますので、水だけに変えるわけではありません。

謎の「化学式」

これまで私はほとんど「花粉を水に変えるマスク」については言及していませんでした。「花粉症に効果があるかどうかはともかくとして、触媒作用で花粉を分解することはあるかもしれんね」というぐらいのスタンスで、眉はひそめるけど、それで人が死ぬわけでもないし、ことさら目くじらを立てるほどでもあるまいと思っていました。私があまりにもひどいニセ医学の事例を知りすぎて、感度が鈍っているということもあるかもしれません。

ただ、地下鉄の広告で「 nCmHwO→nCO2+wH2O 」という謎の「化学式」を見つけたときには、我慢できずツイートしました。




ダブルブラインドによる臨床治験はすでに行われていた

すると、ツイートの3日後、ハイドロ銀チタンの研究協力を行ったという研究者の方から、私宛にメールが来たのです。幸い、「ツイートを削除しろ、じゃないと次のステージに行くよ」などという内容ではなく、ハイドロ銀チタンの特性や商品のネーミングの経緯についての丁寧なご説明でした。メーカーのホームーページの記載についても、正確なものにするように提言していただけたとのことです。ただ、2019年3月29日時点でも、DR.C医薬株式会社の公式サイト中の動画に謎の化学式はまだ残っています。たぶん、この式は正確なものだとメーカーは考えているのでしょう。


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nCmHwO→nCO2+wH2O
メールのやり取りの中で、とても気になる情報を教えていただきました。なんと、「PMDA(医薬品医療機器総合機構)の指導の下行われたハイドロ銀チタン製品のダブルブラインドによる臨床治験において、花粉症の鼻炎症状には、P<0.0001の有意差が出ています」とのことでした。マジで?

私は臨床医であることもあって、「花粉を水に変えるマスク」に実際に花粉症の症状を低減させる効果があるかどうかに強く興味を持っています。ハイドロ銀チタンが試験管の中で花粉をどれぐらい分解させるか、とか、「水に変える」という表現が法律上許容できるかどうか、とか、こちらも重要な問題ではありますが、やはり臨床的効果のほうを私は重視します。

理論上効果がありそうだったり、試験管内の実験や動物実験ではうまくいく薬でも実地臨床では役に立たないなんてことはざらにあります。臨床試験を行って効果があるかどうかを検証する必要があるのです。ハイドロ銀チタンについてはパイロットスタディはあるのですが、前後比較・非盲検で、しかもマスクではなくハイドロ銀チタンを付加したコヨリ状不織布を鼻に挿入するという、私には意味がよくわからない試験デザインです(桑満おさむさんの■花粉を水に変えるマスク、その効果は医学論文で明らかに・・・なってないよ!! | 五本木クリニック | 院長ブログも参考にしてください)。

臨床試験をやってみないと花粉症に効くかはわからない

左巻健男さんが既に指摘していますが、よしんばハイドロ銀チタンが「花粉を水に変える」としても、花粉症に有効であるとは限りません。「花粉を水に変えるマスク」は4層構造のうち1層にハイドロ銀チタンを使用しています。マスクの隙間から入る花粉には無力ですし、マスクに花粉が物理的にトラップされるとしてもトラップされたままなら普通のマスクと効果は変わりがないはずです。「花粉を水に変えるマスク」が効果を発揮するとしたら、普通のマスクだったらいったんトラップされた花粉がマスクから離れて鼻腔に入るところを、その前に「水に変える」ことで防ぐようなメカニズムが働くはずです。そんなに都合よくいくかなあ?

ただ、うまくいかないと想像だけで決めつけるのも間違いです。現時点ではニセ医学とは断言できず、実際に臨床試験で検証すべき問題です。プラセボ対照マスクをつくるのはそれほど難しくないはずです。花粉症の患者さんをランダムに2群にわけて、介入群には「花粉を水に変えるマスク」を、対照群には花粉を水に変えるマスクにそっくりだけどハイドロ銀チタンを使っていないプラセボマスクを使用してもらい、花粉症症状を比較すればいいんです。途中で介入群を対照群とを入れ替えるクロスオーバーデザインにするとよりいいでしょう。

患者さんだけでなく患者さんを診る医師も、「花粉を水に変えるマスク」かプラセボマスクかわからないようにするのが、二重盲検=ダブルブラインドテストです。研究者の方からの情報では、その二重盲検法による臨床治験が終了しており、しかも花粉症の鼻炎症状にP<0.0001の有意差が出ていたとのことです。

1年間待っても論文は公表されない。どうなっているの?

ここまでが去年の話。詳細を知りたかったのですが、臨床治験にも関わらず臨床試験登録データベースには登録されていないようでした。出版バイアスや粉飾を避けるため、臨床試験は試験計画書の事前登録と公開が必要であり、事前登録されていない臨床試験の質は低いとみなす、というのが私の理解ですが、マスクは医薬品ではないせいか必ずしも事前登録が必要ではないようです。

まあそのうち論文として発表されるだろうと考えていたのですが、1年間待っても発表されません。この春(2019年3月)、研究者の方にメールでおたずねしたところ、すぐにお返事をいただけました。特許は取得されているものの、論文にはなっていないそうです。研究者の方も、早く論文を発表してもらいたいと考えているけれども、PMDA審査中でありメーカー側が法律に抵触する可能性について憂慮して公表を控えているそうです。要するに「審査中なのに効果効能に関する広告を出しちゃダメでしょ」と叱られるかもしれないというわけでしょう。

でもおかしくないですか?「花粉を水に変える」と大々的にCMを打つのはセーフなのに、論文の発表はアウトなんですか?論文の発表と広告は違うでしょう。ハイドロ銀チタンを使ったマスクがそんなに花粉症に有効であるのが事実であれば、メーカーのみならず花粉症の患者さんの方々への大きな福音になります。できるだけ早く発表されるべきです。法律については私は詳しくありませんが、もし現状で論文の発表が広告とみなされてしまうおそれがあるのであれば、制度を改善すべきと考えます。

臨床試験の結果はできるだけ早く発表されるべきである

PMDA申請を隠れ蓑にして論文を発表しない言い訳ができる制度の不備を放置したままだと、その不備を突く不誠実な業者(ハイドロ銀チタン製品メーカーがそうだと言っているわけではありません)も現れかねません。インチキな商品でも臨床試験のやりようによっては有意差を出すことは可能です。そうした不正を防ぐために事前登録があり、また、論文に詳細な情報を記載することが要求されるのです。事前登録もなく、論文の公表もしなくていいなら、質の低い臨床研究で有意差を出しておいて、「PMDA申請中だから詳しいことは公表できない」と詳細は伏せたまま結果だけそれとなくリークする、なんてやり方が可能になってしまいます。商品を売るだけ売っておいて、論文は発表しないままだったり、あるいは発表しても後の祭りなんてことになりかねません。

臨床試験は見方を変えれば人体実験だと言えます。臨床試験が倫理的に許されている理由は、結果を共有することで多くの人の役に立つからです。ヘルシンキ宣言では、研究を行ったものは人を対象とする研究の結果は一般社会に公表する義務があるとしています。法律的にはどうかは私にはわかりませんが、少なくとも倫理的には、臨床試験についての情報が出し惜みされることは著しく不当であると考えます。


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