化学物質過敏症を巡る議論において、sivad氏によって、私(NATROM)が「英語レベルでの誤読」をしているとの指摘があった。しかしながら、誤読をしているのは私ではなくsivad氏のほうである。この話には複数のテキストが出てくるので、まず確認しておこう。
- 1994年報告書 正確には"Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals"で、EPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)やAMA(The American Medical Association:米国医師会)などの複数の公的組織・学術団体による報告書である。室内環境の空気汚染についてが主な内容で、MCS(Multiple chemical sensitivity:多発性化学物質過敏症)や臨床環境医学への言及は一部である。
- 1999年コンセンサス おそらくは臨床環境医たちによるMCSに関する合意事項である。少なくとも政府や、EPAもしくはAMAといった公的な組織によるものではない。原文は■mcs - a 1999 consensus 、和訳は■多種化学物質過敏症(MCS)1999年合意で読める。
- ■多種類化学物質過敏症は公認されたか? 2002年に私が化学物質過敏症に関する覚え書きのコンテンツの一つとして書いた文章である。内容は、1999年コンセンサスにおいて、1994年報告書が不適切に引用されており、そのため「多種類化学物質過敏症がアメリカ合衆国政府その他公的機関から公的に認められた」という誤った主張がなされている、というものである。
さて、sivad氏によれば、「多種類化学物質過敏症は公認されたか?」において、私が「英語レベルでの誤読」をしているという。
■NATROM氏はどこで道をあやまったのか〜なぜ1994年報告書はMCSや臨床環境医を否定しなかったのか〜 - 赤の女王とお茶を
http://natrom.sakura.ne.jp/consensus.htmlここでNATROM氏は、EPA(Environmental Protection Agency:米国環境保護庁)や米国医師会(AMA:The American Medical Association)が出している以下の報告書が、MCSや臨床環境医を否定的に書いていると主張しています。
Indoor Air Pollution: An Introduction for Health Professionals
http://www.epa.gov/iaq/pubs/hpguide.html
しかし一読してわかるように、氏が否定の根拠としている”claimed””suspected”は、医療において症状を述べたり、推測したりする際に普通に使われる単語であって、特に否定的意味はなく、以下のような氏の主張はまず英語レベルでの誤読であることがわかります。
アメリカ医師会らの報告書は臨床環境医学の主張するような多種化学物質過敏症の概念を支持しているわけではありません。だから、claimed(〜と主張されている)やsuspected(〜だと疑われて いる)という表現になっているのです。
「”claimed””suspected”は、医療において症状を述べたり、推測したりする際に普通に使われる単語」である。その通りだ。問題は、私が”claimed””suspected”をもってMCSや臨床環境医の「否定の根拠としている」というsivad氏による指摘である。”claimed””suspected”を私が問題にしたのは、否定の根拠としてではなく、1999年コンセンサスが1994年報告書を引用するにあたって不適切な引用を行っていることを示すためである。わかりやすく要約すれば以下である。
「アメリカ政府や学術団体も化学物質過敏症を公的に認めている。なにしろ、1994年報告書に『MCSの訴えは心因性のものとして退けるべきではない』とある」。
「おいおい、MCSと『主張されている』あるいは『疑われている』症例においては、だろう。そこ大事」。
普通に日本語を読める人は、MCSや臨床環境医の「否定の根拠としている」部分は、”claimed””suspected”ではなく、以下に示す1994年報告書から引用した部分であることがわかるだろう。
The diagnostic label of multiple chemical sensitivity (MCS) -- also referred to as "chemical hypersensitivity" or "environmental illness" -- is being applied increasingly, although definition of the phenomenon is elusive and its pathogenesis as a distinct entity is not confirmed.(現象の定義がとらえどころがなく、はっきりした実態としての病因が確定されていないのにもかかわらず、「化学物質過敏症」または「環境病」とも言われる、多種化学物質過敏症(MCS)の診断的ラベルはますます適用されている。)
ちなみに1999年コンセンサスには、1994年報告書にあるMCSの定義や病因が不明確だとする部分は引用されていない。sivad氏の今回のエントリーでもこの部分は触れられていない。
「MCSの定義や病因が不明確だとしているからといって、必ずしも1994年報告書がMCSや臨床環境医を否定しているとは限らないではないか」という批判ならまだ理解できる。しかしながら、「”claimed””suspected”は特に否定的意味がないがゆえに、NATROMの主張は誤りである」という批判は的外れである。実際のところ、これは英語の問題ではない。文脈を読む日本語の問題である。
なお、1994年報告書がMCSや臨床環境医に批判的であると考えるより詳しい根拠は、別途■臨床環境医学は専門家にも注目されていた。悪い意味で。 および■臨床環境医学と環境医学は異なるで述べた。前者は1994年ごろの医学界のコンセンサスについて公的な団体による複数の文献をもって、後者は1994年報告書が参考文献として挙げた文献でもって論じた。sivad氏は「さてNATROMさん、当の文章を読まずに、参考文献ですらない文書を持ち出して、いったいなにがしたいのでしょうか」と仰っておられるが、当時の主流のコンセンサスを知るために他の公的な性格を持つ学術団体の見解を参考にするのは当然であるし、そもそも■臨床環境医学と環境医学は異なるでは当該文書にある参考文献を持ち出して論じたのである。その部分に対してはsivad氏はまったく反論できてないように見えるのだが?sivad氏の次のエントリーに期待したい。
sivad氏は「EPAらがMCSや臨床環境医を否定できなくなった」とする根拠としてMiller CS, Toxicol Ind Health. 10(4-5):253-76.を、「もう少し新しい知見を追いましょう」として、イギリス・アレルギー環境栄養医学協会(BSAENM)の報告書を挙げている。前者はMCSについての多様な意見の一つとして挙げられているだけでEPAの主張とは異なるし、そもそも臨床環境医学を支持するような内容ではない。後者についてはもっとひどい話である。この2点に関しては後日詳しく述べる予定である*1。
*1:2021年5月25日追記。前者(Miller CS)については■「EPAらが臨床環境医を否定できなくなった」という主張には根拠がない、後者(BSAENM)については■それで、「MCSの本物の性質が認識されている公式な報告書」って、どれ?を参照。