ハインリッヒの法則をご存じだろうか。「一件の大きな事故・災害の裏には、29件の軽微な事故・災害、そして300件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例)がある」という法則のことだ*1。1:29:300という比は分野によって異なるだろうが、重大な事故の背景には事故に至らない多くの事例があると一般的にも言えると思う。医療の分野でも、重大な事故を防止するために、事故に至らない事例も報告して、情報を共有しようとしている。
さて、今回は、日本ホメオパシー医学協会認定のホメオパスのブログから、運よく重大な事故には至らなかった事例を紹介したい。リンク先を読めばわかるが、ホメオパス本人は、ヒヤリ・ハットの事例ではなく、成功例であると誤認している。
■ホメオパス片上敦子's blog: 久しぶりに体験談です!*2
予防接種デトックスで、娘が健康体に (仮名:ちりちゃん・7歳)現在7歳になる娘の体験談です。
(中略)
そして2回目の相談会では、念願の予防接種のデトックスに挑みました。
レメディーの摂取が終わって半月ほどたったある日、朝から発熱し
ました。最初は風邪かと思い、ACON(アコナイト)を飲ませました。
38度5分くらい熱が上がってきたのであせって!
BELL(ベラドーナ)をあげました。熱以外にも頭痛、吐き気、目の上の痛みを訴えていました。
先生から、あまり先手先手でレメディーをあげ過ぎると、逆に熱な
どが長引く事もあると伺ったので、レメディーは休止し、しばらく
様子を見ていました。と、やはり!! 熱が一気にあがり始めました。翌朝には
熱が39度後半まであがってきました。
その頃から、意識ははっきりしているのに、「鬼がいる」とか、
「顔が半分しか見えない」、「変な声がする」と言い始めたので、
先生のアドバイスをいただいて、
OP(オピウム)やSTRAM(ストロモニウム)をあげました。
この日はOP、BELL、STRAM を水に溶かして取り続け、
症状が治まって行きました。
熱性せん妄の状態であろうと思われる。緊急ではないにせよ、早期の医療機関の受診が必要な状態だ。ところが、医療機関に受診させたという記述はない。なお、「先生」というのは、医師のことではなく、ホメオパスを指す。
しかし3日目になっても熱は下がらず。
今度は『耳が痛い! 』と絶叫し始めました。先生から
BELL、MERC(マーキュリー)の30cをリピートするよう
アドバイスをいただいて、間もあけずにどんどん口にいれていたら、
2回目のリピートで痛みが治まりそのまま寝てしまいました(ホッ)。
夜中にまた耳が痛いと泣き叫びましたが、この時も同じレメデイーで
痛みが即座に治まり、本当にありがたかったです。
「症状はありがたい」はずなのに、「痛みが即座に治ま」るレメディーに対しては疑問を抱かないのだろうか。ちなみに、■良心的なホメオパシーで紹介した、「ホメオパシー大百科事典」には、「耳痛に伴い発熱や耳だれがあるときは、すぐに医師に診てもらう。子どもの耳痛に関しては、医師に相談すること」とある。「医療水準や社会通念」に照らせばもちろんのこと、本場のホメオパシー医の書いた本ですら、ちりちゃんは医師の診察が必要な状態である。
この後も熱は40度近く(40度を超えたときもありました)を
キープしたまま下がらず、6日目まできました。
そしてついにこの日、大量の鼻血が2回でました。
その後熱がやや下がり、39度前半になってきました。
この日から3日連続、大量の鼻血がでて、ひも状の血液の塊のようなものが
3本もでました。普段鼻血を出した事がないので、大量の鼻血に本人はもちろんのこと、
親も正直びっくりしました。
結局、熱が下がるまでに6回も鼻血がでました、ひも付きで。
そして、発熱から9日目にしてやっと平熱へ下がりました!!
結局、9日間の発熱の間、医療機関に受診した記述はない。本当は医療機関に受診し、医師の診察を受け、標準医療による治療を受けていたのであれば、まだいい。経過に関する重大な情報を隠して体験談をブログに載せたホメオパスが卑劣で不誠実なだけだ。実際のところは、ちりちゃんは「必要かつ適切な医療」を受けさせてもらえなかったと思われる。医療ネグレクトにあたる。もし私が経過を知っていたら、3日目ぐらいで然るべき機関に通報しただろう。
たまたま自然に改善したからよかったようなものの、実は重大な疾患であった可能性は十分にあった。ホメオパス片上敦子氏は、子供の髄膜炎を診たことがあるのだろうか?脳炎は?白血病は?■ホメオパスの成功体験が悪性リンパ腫を見落とさせたでも述べたが、自然治癒する軽症例しか診ていないければ、重症例を正しく見分けることができない。それに、仮にホメオパスに経験や知識があったとしても、重篤な疾患ではないと判断することは、診断ということになり医師法違反ではないか。
ホメオパス片上敦子氏は、「必要なときは病院に行ってくださいと、いつもアドバイスしてます」*3とも書いている。しかし、耳痛、鼻出血を伴い、数日以上続く、ときには40度を超える7歳児の発熱は、どうみても病院に受診する必要がある。日本ホメオパシー医学協会は、ウェブ上では標準医療を否定していないようなことを書いている。
■日本ホメオパシー医学協会*4
したがって当協会会員がクライアントが病院に検査に行くことを止めることもないし、判断がつかないときはホメオパスが積極的にクライアントに検査をすすめることになっています。もちろん、重病人の場合は病院にかかりながらホメオパシー療法をすることが大事であると考えていますし、医師とホメオパスが協力して治療にあたる場合もあります。このように医師とホメオパスが、現代医学とホメオパシー医学のそれぞれの専門性を生かし、協力し合うことが大切でありクライアントの利益になると考えます。
ちりちゃんのケースでは、「積極的にクライアントに検査をすすめ」たのであろうか?記述を見る限りでは重病に見えるが、「病院にかかりながらホメオパシー療法を」したのであろうか?検査を勧め、あるいは標準医療との併用をしたのであれば、その旨を記述しないのは不誠実である。検査あるいは標準医療の併用を勧めていないのであれば、ホメオパス片上敦子氏は日本ホメオパシー医学協会の認定ホメオパスでありながら、協会の方針に従わず、さらにその例を自慢げにブログに載せたと理解してよいのだろうか?医師でもトンデモさんはいるのだから、一部にトンデモな認定ホメオパスもいるのかもしれない。しかし、由井寅子氏が学長をしているロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシー英国本校の体験談の数々を読む限り、日本ホメオパシー医学協会の認定ホメオパスの多くは、「通常の医療行為を否定しない」という協会の方針に従っていない。「通常の医療行為を否定しない」日本ホメオパシー医学協会の認定ホメオパスは存在しないと私は考えている。
もし、ちりちゃんのケースが不幸にも悪い転帰をとったとしたら、どうなっていただろう?ホメオパス片上敦子氏は自分の責任を認めただろうか。あるいは反省し、今後の症例に生かそうと考えたであろうか?やはり日本ホメオパシー医学協会の認定ホメオパスによる施術を受けていた40歳の女性が悪性リンパ腫で死亡した、『「あかつき」問題』*5が参考になるだろう。ホメオパシー医学協会と話し合いでは、ホメオパスが責任を認めることはなく、死亡した女性が自分で症状の悪化を好転反応だと判断していたと主張された*6。つまりは患者の自己責任だというわけだ。ちりちゃんのケースならば、ホメオパスは、「私には責任はない。病院に行くなとは言っていない。両親がしかるべき時期に病院に連れていく判断をすべきだったのだ」と責任逃れをするであろう。
ちりちゃんのケースは、ヒヤリ・ハット、いや、「軽微な事故」としても分類してもいいぐらいだ。いつか、重大な事故を起こすだろう。というか、既に重大な事故は起きた。ビタミンK不投与事件や「あかつき」問題がそれだ。日本ホメオパシー医学協会には反省が見られず、それどころか、朝日新聞をはじめとしたホメオパシーを批判する報道があった後に、「軽微な事故」の体験談を自慢げにブログに掲載する公認ホメオパスもいるぐらいだ。いつかまたホメオパシーは人を殺す。ホメオパシー"バッシング"に批判的な人は、いくら批判してもホメオパシーはなくならないし、あまりに批判し過ぎるとカルト化するだけだと言う。その通りかもしれない。しかし、だったらどうすればいいのかわからない。
*2:URL:http://pub.ne.jp/homoeopathy/?entry_id=3233190
*3:URL:http://pub.ne.jp/homoeopathy/?entry_id=3141473
*4:URL:http://www.jphma.org/About_homoe/jphmh_answer_20100813.html
*6:■面接官「特技はホメオパシーとありますが?」 - Not so open-minded that our brains drop out.