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事故米のアフラトキシンによる肝癌のリスクを大雑把に計算してみた

日本の肝細胞癌の主な原因がC型肝炎ウイルスであること、C型肝炎ウイルスの感染率が西高東低のパターンを取ることを知っていれば、「肝臓がん患者は事故米が流通し始めた10年前から西日本を中心に爆発的に増加中」という主張がデマであることはすぐにわかる。これは前回のエントリー、■有害米と肝臓癌死亡数の増加は無関係で指摘した通りである。日本のアフラトキシンB1(以降単にアフラトキシンとする)の基準値が10 ppbで、事故米のアフラトキシン濃度が20 ppb(=0.02 ppm)だと言うから、その程度でこれほど広範囲の健康障害が生じるわけがないと常識的にも判断できる。

ただ、がん死亡率のグラフで見えるほどの影響はないとしても、事故米中のアフラトキシンによる肝癌発症はありうるのではないかと考えた。アフラトキシンがヒトの肝癌発症のリスクとなるのはれっきとした事実である。アフラトキシンの発癌性に、閾値すなわち「影響はないといえる最少量」がないとしたら、どんなに少量のアフラトキシンでもリスクがあるわけだ。直感的にはそれでも年間1人以下ではないかと思われたが、これは計算しないとわからない。

アフラトキシンのヒトの肝癌リスクは疫学的に推定されている。科学は食のリスクをどこまで減らせるか―食の安全科学 (生物の科学遺伝別冊 No.19 2006年)のP163、小西良子・熊谷進「食の安全とカビ毒」より引用する。



1998年にFAO/WHO合同食品添加物専門委員会(JECFA)が、アフラトキシンB1のヒトへの発がんリスクについて評価を行なった。ヒトを対象とした疫学調査の結果から用量-反応関係の数式を導きだし、発がんリスクを求めている。その結果、体重1 kgあたり、一日に1 ngのアフラトキシンB1を一生摂取したと仮定した場合、健常者では10万人に0.01人が、B型肝炎感染者では10万人に0.3人が原発性肝臓がんになる(年間に)と推定された。この値を、各地域でのアフラトキシンB1の暴露量とB型肝炎の人口の割合と組み合わせるとそれぞれの地域での肝臓がん発生リスク予測値を求めることができる。もし食品からのアフラトキシンB1の暴露量が体重あたり0.31 ngであった場合、肝炎人口が1%の地域であれば、(0.01×99%+0.3×1%)×0.31=0.0040となり、10万人中0.0040人がアフラトキシンB1を原因として原発性肝臓がんが起こることとなる。すなわち、原発性肝臓がんの発生率は、主としてアフラトキシンB1の暴露量とB型およびC型肝炎人口の2つの要因によって決定されることとなる。わが国のB型肝炎人口は約100万人、C型肝炎は約200万人といわれている。


事故米のアフラトキシンの量がわかれば、事故米が原因の肝臓癌発生リスク予測値が計算できる。農林水産省のサイト*1によると、平成15年度から平成20年度までの6年間で三笠フーズ株式会社に売却した非食用事故米穀のうちアフラトキシン検出分が9525.6kg=約10tである。濃度は0.01 ppm〜0.05 ppmであるが、リスクを大きくとってすべて0.05 ppmとして計算すると、アフラトキシンの総量は10 t×0.05 ppm=10000 kg×50 μg/kg=500000 μgとなる。「業者はコメのカビを取り除き、表面を削って出荷した」点は、リスクを大きくとって無視する。年間あたりだと約83000 μgとなる。これ以前の流通量は不明であるが、「もっと昔から事故米の食用転用は行われていたかもしれない」ため、リスクを大きくとって過去ずっとこの程度の量のアフラトキシンが流通したと仮定する。

流通したアフラトキシンを仮に10万人が摂取したとしたら、1人あたりの平均年間摂取量は0.83 μgとなる。体重を50 kgとすると、体重1 kgあたり、1日あたりのアフラトキシンの摂取量は、0.83/50/365≒0.000045 μg=0.045 ngとなる。肝炎人口を、やはりリスクを大きくとって10%とすると、肝臓がん発生リスク予測値は(0.01×90%+0.3×10%)×0.045≒0.0018人となる。これが、事故米によるアフラトキシンが原因の年間あたりの肝癌発生数の推測値になる。流通したアフラトキシンを摂取した人数が10万人ではなく、もっと少ないとしたら、1人あたりの平均年間摂取量も、摂取群内の発生率も増えるが、摂取群の人数が減るので肝癌発生数は変わらない。念のためにいっておくが、肝癌発生推測数が少ないからといって三笠フーズが批判を免れるわけではない。ここで計算したのは、アフラトキシンによる肝癌リスクのみである

それほど大きな計算間違いはないと信じたいが、もしお気づきの点があったらご指摘願いたい。素人による大雑把な計算だが、仮に3桁のオーダーで間違いがあったとして、グラフに見えるほどの肝癌の増加はありえない。そのうち、中西準子先生あたりがもっと正確な評価をされることを期待している。リスクの大きさと比較して、人々の不安がきわめて大きいことは、BSE騒動を思い出させる。ちなみに日本におけるvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)に感染する推定人数は、全頭検査以前で「最大で0.04/1億2千万人」だそうである*2。BSE騒動と異なる点は、一企業が、自らの利益のために、容易に回避できたはずのリスクを国民に押し付けたことである。

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追記:コメント欄がいっぱいになったようです。9月22日に新しいエントリーを書きましたので、コメントはそちらにお願いします。本エントリーでは長いコメントを書いても反映されません。

*1:三笠フーズ株式会社に売却した非食用事故米穀(PDF)、URL:http://www.maff.go.jp/j/press/soushoku/syoryu/pdf/080905_2-01.pdf

*2:BSEとリスクコミュニケーション、URL:http://wwwsoc.nii.ac.jp/jea/letter/no24/0902/02.html