NATROMのブログ

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iPS細胞から卵子と精子をつくって授精させたら「クローン」になるのか?

iPS細胞の応用について論じたダイヤモンド・オンラインの記事において、「クローン」についての誤解が見られた。


■iPS細胞の発見は人類にとって「福音」となるのか?|シリコンバレーで考える 安藤茂彌|ダイヤモンド・オンライン


 iPS細胞を生殖機能に応用すると、さらに恐ろしい世界が出現する。自分の皮膚細胞から卵子と精子を作り、それを受精させて、もう一人の「若々しい別な自分」(クローン)を誕生させることも、理論的には可能になる。


自分の皮膚細胞から卵子と精子を作り、それを受精させることができたとしても、それはクローンではない。なぜなら、卵子や精子が形成される過程において、減数分裂が起こるからである。順番に説明しよう。「自分」の染色体は2本づつある(相同染色体)。それぞれ、父親および母親に由来する。父親由来の染色体を水色で、母親由来の染色体をピンクで示した。ヒトであれば染色体数は23対46本であるが、図では1対2本のみ示している。





「自分」の1対2本の染色体のうち1本は父親由来、もう1本は母親由来である


さて、配偶子(卵子と精子)は染色体数が体細胞の半分である。ヒトであれば配偶子の染色体数は23本であり、受精することで相手の配偶子の染色体23本と合わさって46本に戻る。配偶子が形成される際の染色体数が半分となる細胞分裂を減数分裂という。このときに父親由来の染色体と母親由来の染色体が合わさって(対合)、染色体の一部が入れ替わる(乗換え)。結果、形成された配偶子はどれ一つとっても同じものはない*1。こうした仕組みによって遺伝的多様性が生まれる。

自分の皮膚細胞から卵子と精子をつくったとしても、それぞれの卵子、精子はそれぞれ異なった遺伝情報を持つ。また、それぞれの卵子、精子を授精させた受精卵も、「自分」とは異なるし、他の受精卵とも異なる(図)。これらの受精卵は「クローン」ではない。





同一個体のiPS細胞から精子と卵子を作成させ受精させたとしてもクローンにはならない


近親婚によって劣性遺伝病が発生しやすくなることはよく知られている。人は誰でも劣性遺伝病の原因となる対立遺伝子を数個は持っていると言われているが、任意交配(赤の他人との結婚)であれば、結婚相手がたまたま自分と同じ劣性遺伝病の対立遺伝子を持っている確率はきわめて低い。しかし、近親婚であれば祖先を共有しているがゆえに同じ劣性遺伝病の対立遺伝子を持っている確率が高くなる。これが近親婚において劣性遺伝病が発生しやすい理由である。

「自分」からつくられた精子と卵子を授精させてつくった受精卵における遺伝子座の50%は同祖的なホモ接合の状態にある。同胞間(両親が同じ姉-弟、もしくは、兄-妹)で交配してできた受精卵ですら同祖的なホモ接合にあるのは25%である(私の計算が正しければ)。「自分」からつくられた精子と卵子を授精させてつくった受精卵に劣性遺伝病が発生する確率はきわめて高く、単純に考えれば同胞間交配の2倍である。「自分の皮膚細胞から卵子と精子を作り、それを受精させて、もう一人の「若々しい別な自分」(クローン)を誕生」させる意味があるとは思えない。臓器のスペアが欲しいといった理由で「若々しい別な自分」(クローン)が欲しいのなら、(倫理的には許されないであろうが)普通に体細胞クローンをつくればいい。


*1:厳密なことを言えば天文学的な確率の小ささであるが偶然に同一の遺伝情報を持った配偶子ができることはありうる。また、「自分」が純系の場合は除く。