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福島県の甲状腺がん検診の2巡目の数字から言えることと言えないこと

福島県の甲状腺がん検診において、2巡目で50人を超えるがんあるいは疑い例が見つかった。これらの例は1巡目(先行調査)ではがんは指摘されていない。「たったの2年間で50人以上もの新たながんが発症しているのであるから明らかに被曝による多発である」という主張がなされているが、そうは言えない。

たとえば、津田敏秀氏は、2巡目のがん検診を受けた236595人中がんの発症が51人(216人/100万人)を、全国平均発症率から推定した有病割合5人/100万人×2年=10人/100万人と比較して、22倍の多発だと主張している*1。過剰診断がゼロであるならば、この計算は正しい。津田氏の主張をまとめると「過剰診断がゼロだと仮定すると甲状腺がんは多発している」になるが、そんなことは計算なんてしなくても自明である。過剰診断がどれぐらいの割合なのか不明なので苦労しているのだ。

仮に、検診で発見可能な甲状腺がんのうち、将来症状を呈するがん1につき過剰診断が21であったとしたら、被曝の影響がなくても「22倍の多発」という数字は説明可能である*2。しかし、検診で発見された小児の甲状腺がんにおいて、過剰診断がどれぐらいの割合で含まれるのかはわかっていない。よって、2巡目の数字だけでは、過剰診断なのか、それとも被曝による多発なのかはわからない。過剰診断がゼロでほぼ被曝による多発のみ*3を観察しているのかもしれないし、被曝による多発はゼロで過剰診断*4を観察しているのかもしれない。あるいはその混合(半分が被曝による多発で、半分が被曝と無関係の過剰診断+狭義のスクリーニング効果、など)かもしれない。

成人においては、検診で発見された甲状腺がんの大半が過剰診断であることはわかっている。韓国では死亡率が不変である一方で甲状腺がんの罹患率は15倍に増えた。単純計算で有症状もしくはいずれ症状を呈する甲状腺がん1に対し過剰診断14と推測できる*5。しかも、甲状腺がん検診を受けたのはせいぜい成人の10-20%であるため、福島県調査のように高い検診受診割合だと過剰診断の割合はさらに高くなる。ただし、成人と小児は異なる可能性があるので、これは参考情報に過ぎない。言えるのはせいぜい、小児においても検診で発見された甲状腺がんの多くが過剰診断であっておかしくない、程度である。

被曝による多発の有無を検討するには、2巡目の数字以外の情報も必要である。そうした情報を総合すると、現時点では、津田氏が主張するほどの多発はないと考える。理由はいくつかあるが、たとえば、福島県内の地域間で罹患率に有意差がない。むろん、有意差がないことは差がない証明ではない。しかし、被曝によって何十倍もの多発が起こっているのに地域差が検出できないというのはきわめて考えにくい。自然発症に埋もれて有意差が見えにくくなっている程度の多発なら地域間比較だけでは否定できない。

また、「検査で検出される大きさに成長してから、その後もがんが成長し続け、病院に行くほどの自覚症状が出る(発症する)のが平均して4年」(診断可能前臨床期)、かつ、被曝によって数十倍もの多発があるならば、原発事故から6年経った現時点で、それなりの数の発症した有症状の小児甲状腺がん患者が観察できるはずである。検診を受けて治療介入されれば発症をまぬがれるとしても、福島県の検診受診割合は75-90%であり検診を受けていない人たちもいる。検診群から160人以上もがんが発見されているので、検診を受けていない割合を少なく10%と見積もっても福島県内だけで20人弱程度は検診外での有症状の甲状腺がんがあるはずだ*6。福島県外も含めるともっといる。しかし、そういう話は聞こえてこない。これは、「診断可能前臨床期は4年間」および「多発が数十倍」という推定のどちらかもしくは両方が誤りであることを示唆している。

現時点でのデータでは被曝による多発があるとは言えないが、将来にわたってそうだとは限らない。今後、症例数を重ねると福島県内での地域差が明瞭になってくるかもしれない。あるいは、診断可能前臨床期が4年ではなく10年ぐらいであり、今から検診外の発症が観察されるようになるかもしれない。注意深い観察を続けるべきである*7。また、被曝による影響が証明できなくても、甲状腺がん患者には十分な補償が必要である。


*1:http://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20160719post-683.html

*2:診断可能前臨床期が4年間だとして。これも推定だから厳密な定量的な考察にあまり意味があるとは思えない

*3:22分の1は被曝と無関係の「前倒し」(狭義のスクリーニング効果)

*4:および「前倒し(狭義のスクリーニング効果)」

*5:統計上の罹患率には症状を呈してから診断された例を含むので、「検診で発見された甲状腺がん」のうちの過剰診断の割合はもっと高くなる

*6:160÷9≒17.8

*7:検診を推奨しているわけではない。甲状腺がん検診は無効である蓋然性がきわめて高いので、行うなら十分な説明と同意を要する。なお、本記事はがん検診の有効性とは独立している。「甲状腺がん検診はきわめて有効である」と信じている人であっても本エントリーの内容には同意しうるであろう