NATROMのブログ

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「ホメオパシー叩き」は統合医療潰しを目的としていたのか?

週刊ポスト(2010年12月3日号)に、『「ホメオパシー叩き」に隠された「統合医療は迷信」の権威主義』という記事が掲載された。ジャーナリスト・国際医療福祉大学大学院教授の黒岩祐治氏による。記事の内容はタイトルから予想できるものだった。「検証 医療とマスコミ」という短期集中連載の第5回で、「私は決してホメオパシー擁護論者ではない」と言いつつも、ホメオパシーに否定的なマスコミ報道を批判している。


誰が「エビデンスのとれないものはすべていかがわしい」と言ったのか?

黒岩氏は、ホメオパシーに「医学的な効果は期待できないと見るのが常識」であることは認めている。科学的根拠がないにも関わらず、ホメオパシーが世界に普及している理由をプラセボ効果に求める。プラセボは有用ではないか、という、ホメオパシー擁護論者がしばしば持ち出す主張を、黒岩氏も行う。



ならばプラセボはいけないのか?少なくとも害にならないのであれば、使用することに問題はないだろう。エビデンスの重要性に疑義を差し挟むものではないが、エビデンスのとれないものはすべていかがわしいと位置づける考え方にも違和感を覚える。


黒岩氏の主張は間違っていない。ただ、わら人形論法なだけである。私の把握している範囲内では、プラセボはいけないと主張したマスコミ報道はない。また、エビデンスのとれないものはすべていかがわしいと主張したマスコミ報道はない。

私は、プラセボがいけないとは思わない。けれども、他に有用な治療法があるにも関わらず、プラセボを使用するのはいけない。たとえば、ビタミンKの代わりに、砂糖玉を使ってはいけない。また、エビデンスのとれないものはすべていかがわしいとは思わない。けれども、ホメオパシーは「エビデンスのとれないもの」ではない。ホメオパシーに特異的効果があるかどうかは、比較的容易に検証できる。実際、検証され、特異的効果がないと証明された。


ホメオパシーそのものを叩くのは論点がずれているか?

ホメオパシーそのものは無害であるという主張も、おなじみのものである。



確かに国家資格を持った助産師が業として行っていたことは由々しき事態といわざるをえない。しかし、今回の問題はホメオパシーを絶対視し、ビタミンK2を摂取させなかったことであって、ホメオパシーそのものが害だったのではない。ことさらホメオパシーそのものを叩くというのは少し論点がズレている。


ホメオパシーそのものに害がないことは、批判者も承知している。ホメオパシーが叩かれる理由は、「ホメオパシーに頼ることによって、確実で有効な治療を受ける機会を逸する可能性があることが大きな問題であり、時には命にかかわる事態も起こりかね」*1ないからである。既に日本では、ホメオパシーは現代医学の否定と強く結び付いている。ビタミンK2を摂取させなかった行為は稀な例外ではなく、氷山の一角である。日本最大のホメオパシー団体は、予防接種や、喘息に対する吸入ステロイドを否定している。私が想像するに、黒岩氏は、日本ホメオパシー医学協会による主張をよく知らないのではないか*2


朝日の報道は統合医療全体を問題視する意図があったのか?

『「ホメオパシー叩き」に隠された「統合医療は迷信」の権威主義』というタイトルからわかるように、黒岩氏は、ホメオパシー批判には統合医療潰しの意図があるのではないかと疑っている。



むしろ私が問題視したいのは記事の次のようなくだりである。朝日新聞7月31日の解説記事に、唐突な感じでこんな文章があった。
「厚生労働省は今年、ホメオパシーを含む代替医療を現在の医療体制に取り込むことを検討するため、鳩山前首相の所信表明演説に基づき作業班を発足させた」
この一文を意味するところは何か? 代替医療とは漢方やインドのアーユルヴェーダや、カイロプラクティックなど西洋医学以外の”医療”のこと。これを西洋医学と相補うカタチで利用しようというのが統合医療という考え方である。
ホメオパシーがその一環であることは間違いない。しかし、ホメオパシーの非科学性を論じている記事の流れでは、ホメオパシーの一事を統合医療全体の万事に拡げようという意図を感じてしまう。記者がそういう作為を持ってこの記事を書いたものなのかどうかは知らないが…。


朝日新聞の原文はネットで読める(参照:■asahi.com(朝日新聞社):問われる真偽 ホメオパシー療法 - アピタル(医療・健康))。はたして、「唐突な感じ」「ホメオパシーの一事を統合医療全体の万事に拡げようという意図」を感じるかどうか、読者に判断してもらいたい。


黒岩祐治氏は「漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生」研究会の座長を務めた


私は政府の科学研究費による「漢方・鍼灸を活用した日本型医療創生」研究会の座長を務め、2月に報告書を取りまとめた。民主党のマニフェストに「統合医療の確立と推進」があるからこその研究会であった。鳩山前首相の所信表明演説もその方針の上で行われたものである。
ただ、統合医療はあまりにも範囲が広すぎて、呪術もどきのいかがわしいものまで入ってくるのは事実である。それを整理し、安全安心の療法を選別していこうと、厚労省のプロジェクトチームも動き出している。


黒岩氏は、いったい、どのような方法で、「呪術もどきのいかがわしいもの」と「安全安心の療法」を選別しようというのだろう。黒岩氏がホメオパシーを擁護する同じ理屈で、呪術だって擁護できる。呪術にもプラセボ効果はあるわけで、「少なくとも害にならないのであれば、使用することに問題はない」はずなのではないか。

統合医療を研究するのはいい。まだ十分に証明されてないだけで、中には有用なものもあるだろう。ただ、有用なものと、そうでないものを区別するのは、科学的根拠に基づく必要があると私は考える。科学的根拠に基づかず、有用なものとそうでないものを区別するのはそもそも不可能だ。ここで言う科学的根拠とは、「どのようなメカニズムで効くのか」という作用機序のことではなく、「効くのかどうか」という疫学的・臨床的証拠のことである。

政府が科学研究費を出すからには、有用である見込みが高いものを優先して検証すべきである。「医学的な効果は期待できないと見るのが常識」であり、また、既に効果がないことが臨床的にも証明されているホメオパシーを検証するのは、研究費の無駄遣いである。統合医療の有用性を期待し、その研究を勧める立場の人こそ、ホメオパシーのような呪術もどきのいかがわしいものが入ってこないように努めるべきだ。

黒岩祐治氏による、週刊ポスト(2010年11月19日号)の「検証 医療とマスコミ」という短期集中連載の第4回『「予防接種悪玉論」の横行で日本はワクチン後進国になった』は良い記事だった。黒岩氏には、ホメオパシー批判を安易に「権威主義」「統合医療潰しの意図」によるものだと考えず、批判には相応の理由があったことを理解してもらいたい。それが、統合医療の確立と推進にもつながるものだと私は考える。


*1:「ホメオパシー」についての会長談話

*2:TBSラジオ Dig「ホメオパシー問題から代替医療を考える」に出演していた医療ジャーナリストの田辺功氏と櫻井充医師も、ホメオパシーについてわりと肯定的な発言をしていたが、やはり日本ホメオパシー医学協会による主張をよく知らないのではないかと、私には思えた