NATROMのブログ

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布マスクはないよりマシなのか?

■「子供のマスクは手作りを」 学校再開に向け文科省が呼びかけ - 毎日新聞という記事が出ていた。文部科学省が手作りマスクの普及を呼びかけたという。ただ、布マスクが新型コロナ感染症の予防に役立つかどうかは、微妙なところである。現時点では明確な結論は出せない。このエントリーでは、布マスクの感染予防効果を論じた研究、および現時点におけるWHOとCDCの見解を紹介し、その上で、私の個人的な見解を述べる。

布マスクの感染予防の研究、WHOとCDCの勧告

医療機関で働く医療従事者は、自らが感染することを予防するためにマスクを使用する。通常は、使い捨ての医療用マスクを使用するが、布製のマスクで代用可能かを検証したクラスターランダム化比較試験が行われた*1。論文によると布マスクについて行われた最初のランダム化比較試験で、私が調べた範囲内では布マスクの臨床における感染予防を評価した唯一のランダム化比較試験である。ベトナムのハノイの病院で、病棟ごとに医療用マスク群、布マスク群、対照群(いつも通り)の3群にランダム分けられ、呼吸器疾患やインフルエンザ様疾患の発生を観察したところ、医療用マスク群や対照群と比べて、布マスク群で疾患の発生が多かった。

ただし、対照群においてもほとんどの参加者がマスクを使用していたため、布マスクが疾患を増やしたのか、効果がゼロだったのか、疾患を減らす効果があったものの他の群よりも効果が小さかったのか判断できない。また、医療従事者の研究であって、学校などの通常のコミュニティにおいては効果が異なるかもしれない。

WHOは「布マスク(綿やガーゼ)マスクをどのような環境下でも推奨していない("Cloth (e.g. cotton or gauze) masks are not recommended under any circumstance.")」とガイドラインで述べている*2。WHOの勧告の対象は先進国だけではなく医療資源の乏しい国や地域も対象なのにも関わらず、「どのような環境下でも」と表現しているのは不適切な使用が感染リスクを高めることを危惧しているのかもしれない。

CDCは、マスクが不足している状況を踏まえた上で最適な使用戦略について述べている*3。通常のマスクが使用できないときに、最後の手段として、医療従事者がバンダナやスカーフといった自家製のマスクをしてもよい("In settings where facemasks are not available, HCP might use homemade masks (e.g., bandana, scarf) for care of patients with COVID-19 as a last resort.")としている。布マスクもこれに準じると考えてよいだろう。

ただし、対象が医療従事者であることに注意。WHOもCDCも、感染した家族を自宅で看護する場合を除いて、日常生活において症状のない人が予防目的でマスク(医療用マスクを含めて)をつけることは推奨していない。


症状のない人がマスクをしてもよいが、原則としては不要である

ここからは個人の見解である。症状のない人がマスクをしてもよいと個人的には考える。よく言われていることだが、たとえば満員電車内において、マスクも何もしていない目の前の人が咳をするかもしれないのだ。WHOやCDCが想定している日常生活と、日本の特定の人の状況は異なる。要は程度問題である。ただし、あくまで個人の選択として「マスクをしてもよい」ぐらいで、「マスクをしたほうがいい」とか、ましてや「マスクをすべきだ」ということではない。

ただ、マスクが枯渇している状況下では「マスクをしてもよい」とも安易に言っていられない。マスクの必要性の高い医療現場でマスクが不足しているのに、効果があるのかどうかはっきりしない日常生活でマスクが消費されるのはあまりよいことではない。そこで、布マスクという代替案に検討の余地が生じる。布マスクの利点は、個人が作成できることや洗濯・消毒して再利用可能なことだ。

布マスクもしたい人がするのはかまわない。個人ベースで作り方の情報を共有するのもいいだろう。しかし、政府が「手作りマスクの作製・使用の検討をお願いする」のは問題だと考える。通常のマスクであっても日常生活における予防効果はあるのかないのかわからない程度である。布マスクならなおさらだ。手作りや洗濯・消毒の手間など、保護者の負担に見合っていない。通常のマスクが足りていないなら、手作りマスクの使用をお願いするのではなく、無症状の人には原則としてマスクは不要である情報の徹底的な周知のほうが望ましい。


不適切なマスクの使用が感染を拡大させる可能性もある

「無症状であってもウイルスを排出している場合もある。マスクをしている人への感染予防効果はなくても、マスクをしている人からの感染予防効果は期待できる」という反論が予想できる。確かに、適切に使用されていれば一定の感染予防効果はあるだろう。しかしながら、学校においては必ずしも適切に使用できるとは限らず、むしろ感染を広げる可能性すらある。

マスクの効果として、たとえば、近い距離で話をしているときに飛沫が飛ぶことを防ぐことはできるが、その飛沫は布マスクにトラップされる。マスクの使用者がウイルスを排出していたら、マスクはウイルスに汚染される。布マスクだと浸透してマスクの裏だけではなく表も容易に汚染されるだろう。いっさい布マスクに触れず、次々と新しいマスクに取り換えることができるのなら、感染予防効果は期待できる。しかし、子どもがそんなに適切にマスクを扱えるとは限らないし、どんどん交換できるとも思えない。

何気にマスクに触ってしまうこともあるだろうし、給食のときはマスクをいったん外すだろう。外したマスクを置いた机、マスクを触った手、その手で触ったドアの取っ手などが次々とウイルスに汚染されることになりかねない。会話の飛沫なら感染させても数人だが、クラスの多くが触る物体の表面からの接触感染はさらに多くの人に感染させうる。こうした状況も考慮した上で、「布マスクでもないよりマシ」「感染を広めるのを防ぐ効果は確実にある」と言えるだろうか?

どうせマスクを使うなら正しく使おう

布マスクに限らず通常マスクについても、「無意識に口元や鼻を触って感染することを防止する」という意見もある。本当だろうか?マスクの外側は汚染されていると考えるべきなのだが、無意識にそこを触ると手も汚染される。その手で物体表面を触れば汚染させるし、鼻や口をマスクでガードしていても目をこすれば感染する。

そもそも、子どもに限らず、マスクを手で触る人はたいへんに多い。無意識に触っているというよりも、位置がずれたのを意図的に触って直している。ゴムではなく紐タイプのサージカルマスクを、正しくは後頭部で結ぶべきところ耳の下で結び、しょっちゅうずり落ちるのを常に手で直している人がいた。

手で触る以外にも、不適切なマスクの使用方法は、リアルでもテレビでもよく見かける。鼻を出している人もいたし、顎にかけている人もいたし、通常のマスクをした上にN95マスクをつけている人もいた。N95マスクは皮膚に密着させないと意味がない。大人でもマスクを適切に使えていない。

布マスクに利点があるとしたら、不足しがちな貴重なマスクを不適切使用で消費されるぐらいなら、布マスクでもしてもらったほうがありがたいということだろうか。「薬を与えたがる素人には砂糖玉でも与えさせておけ」*4という逸話に似て、パターナリズム的であまりよい考えではない。適切な情報提供のほうが望ましい。

日常生活における症状のない人のマスク着用は効果があるかどうかはっきりせず、効果があるとしても限定的で、原則として不要である。不適切な使用でかえって害をなす可能性もある。マスクつけるなら鼻まで覆う。マスクをつけたら、そのマスクは汚染されていると考えるべき。触ったら手を洗う。外したときも手を洗う。できれば使い捨てだが、再利用するとしても、無造作にポケットに突っ込んだりせずに、慎重に密閉可能な入れ物に入れるなどの工夫が必要だ。