NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

WHOのがん統計グラフデータベースの使い方解説

WHOのがん統計のグラフデータベースがリニューアルされました。これを機会に使い方を解説します。「がん死亡数が増え続けているのは先進国では日本だけ」なんてデマを検証できますし、他国を含めてさまざまながんの統計を知るのは楽しいものです。リニューアル以前は、こういうグラフでした。

リニューアル以前・がん死亡者数の推移(日本、全がん、全年齢)


リニューアル後はこんな感じです。

リニューアル後・がん死亡者数の推移(日本、全がん・非メラノーマ皮膚がんを除く、全年齢)

以下、グラフの引用はすべて■Cancer Over Timeから、日本語の赤字は引用者によります。


WHOのサイトにアクセスして、がん統計の推移(Trends)のグラフをつくろう

WHOの下部組織のIARC(国際がん研究機関)は世界中の国のがんの統計情報を集め、データベースとして公開しています。さっそく、アクセスしてみましょう。


■Cancer Over Time

Cancer Over Timeのトップページ


左からTrends、Age-specific、Age, period, cohort、Bar、EAPCの5つの円が表示されました。今回は一番左のTrends(年次推移)をクリックします。

Cancer Over TimeのTrends(デフォルト)

さっそく何やらグラフが表示されました。現在のところ、デフォルトではスウェーデンの男女の肺がん年齢調整死亡率の推移が表示されるようです。以前と比べて明らかに変わった点は、縦軸が対数となったことと、グラフの線がなめらかになったことです。線形目盛やスムージングを止めたいときは、Options(オプション)から変更できます。スムージングなしだと、人口が少ない国やまれながんではグラフがカクカクします。

線形目盛り・スムージングなし

全がん年齢調整死亡率を比較してみよう

それではまず、日本とアメリカ合衆国の全がん年齢調整死亡率を比較してみましょう。"Cancer sites"(がんの部位)から"All site excl. non-melanoma skin cancer"(全がん・非メラノーマ皮膚がんを除く)を選択します。非メラノーマ皮膚がんは、国によってはがんとして登録されず統計に入りませんので、比較のときにはよく除外されます。全がん死亡を比較するときには気にしなくてもかまいません。

がんの部位→全がんを選択

次に、"Populations"(集団)から"Japan"(日本)と"USA"(アメリカ合衆国)を選択します。

集団から日本とアメリカ合衆国を選択

たくさんの国がありますが、アルファベット順に並んでいるのですぐ見つかります。どうでもいいことですが、さまざまな国の統計データをこうして利用できることにわくわくしませんか。私はします。

アメリカ合衆国および日本の全がん全年齢調整死亡率の推移・男女・全年齢

ネットではよく「欧米では禁止されている売れ残りの農薬・食物添加物・抗がん剤を押し付けられているから日本だけががん死亡が増えているんだよ!!」というデマをみますが、年齢調整死亡率でみますと、アメリカ合衆国と比べて日本がとくに悪いわけではないことがよくわかります。とくに日本女性は一貫してがん死亡率が低いですね。

年齢調整死亡率ではなく粗死亡率ではどうなるか試してみよう

よくある「アメリカ合衆国ではがん死亡率が下がっているのに日本では上がっている」グラフの出どころは、年齢調整をしていない粗死亡率です。年齢構成の異なる集団同士を粗死亡率で比較すべきではないのですが、ここではあえてやってみましょう。"Statistics"(統計)から"Crude rate"(粗死亡率)を選択します。ちなみに、"Cumulative risk"(累積リスク)と"Number"(がん死亡者数)も選択できます。

アメリカ合衆国および日本の全がん全年齢粗死亡率の推移・男女・全年齢

このグラフを切り取って「日本ではがん死亡率が激増している。時代遅れの抗がん剤治療で患者を殺しているんだよ!!」などと不安を煽るわけですな。しかし年齢調整がん死亡率が下がっていることを知っている我々は、日本でのがん粗死亡率の上昇の主因が高齢化であることを理解できます。

50歳台のがん死亡率の推移をみてみよう

たまに年齢調整の意味がよくわからない方もいらっしゃるようで、なんだかごまかされたように感じるそうです。そういう方のために、年齢別の粗死亡率の出し方も解説します。"Age groups"(年齢集団)から50~59歳を選択してみましょう。

年齢集団で50歳台を選択

これで、日本とアメリカ合衆国のそれぞれの国で50歳台の人たちがどれぐらいがんで亡くなるのかがわかります。もし、農薬やら抗がん剤やらで日本人のほうががんで死にやすいのなら、50歳台の比較でも日本のほうががん死亡率が高いはずです。さて、結果はどうでしょう。どうでもいいことですが、グラフの表示まで数秒を待つ間、わくわくしませんか。私はします。

アメリカ合衆国および日本の全がん50~59歳の粗死亡率の推移・男女・全年齢

50歳台で比較すると、男女ともに日本のほうがアメリカ合衆国よりがんの死亡率は低いのです。全年齢・年齢調整だとわずかですがアメリカ男性より日本男性のほうががん死亡率が高いのに、50歳台に限ると日本男性では景気よくがん死亡率が下がっており、アメリカ女性を追い抜いて日本女性にすら追い付きつつあるのは興味深いです。どのようながんが減っているのか、"Cancer sites"(がんの部位)からさまざまながん腫を選んでみてみると面白いですよ。私のおすすめは"Stomach"(胃がん)です。また、グラフや元データは右上のアイコンからダウンロードできます。

グラフやデータをダウンロード

みなさんも、ぜひWHOの統計情報を活用してみてください。