NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

新刊『医師が教える 最善の健康法』出ます

『医師が教える 最善の健康法』という本を書きました。内外出版社から2019年6月24日に発売です。

いまアマゾンの紹介文を読んだら、「前著『「ニセ医学」に騙されないために』で「ニセ医学」という言葉を世に定着させた内科医が、たくさんの世界的に認められた論文やガイドラインを丹念に読み、食事や睡眠、飲酒、検診、運動のことなど、健康で長生きする確率をあげるための最善の健康法を1冊にまとめました」と書いてありました*1。「ニセ医学」という言葉を世に定着させたのだそうですよ。

前著『「ニセ医学」に騙されないために』も、とても気に入っていて、良い評価もいただいたのだけれども、ニセ医学を批判するだけでは不十分なのは明らかです。誤った医学情報に反対するだけでなく、適切な医学情報を積極的に提供することもまた、重要です。ただ、適切な医学情報について書くといっても、これがなかなかたいへんでした。前著では「これはいくらなんでも真っ黒」という事例ばかりを扱ったので、ある意味、楽でした。一方で、適切な医学情報はどうでしょう。堅いところで、禁煙しましょうとか、お酒の飲みすぎは良くないとかです。ここまではよろしい。

では、適切な飲酒量はどうでしょうか。J字カーブといって、横軸に飲酒量、縦軸に健康リスク(たとえば全死亡率)をとってプロットすると、飲酒量が多すぎるとリスクが高いのは当然ですが、まったくの飲酒量ゼロでも若干リスクが高くなることが観察できる研究もあるのです。単純に解釈すると「少量の飲酒は体によい」ということになります。

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Jカーブ

もちろん、これはあまりにも単純すぎます。もともと健康に不安がある人はお酒を飲まないがゆえに飲酒ゼロ群がリスクが見かけ上高いだけかもしれません。あるいは、少量飲酒できるような人は社会経済的に恵まれているがゆえに健康リスクが低いのかもしれません。うがった見方をすれば、「少量飲酒なら健康リスクが低い」という研究にアルコール飲料メーカーの思惑が影響している可能性だってあります。

最近のある研究では、少量飲酒にも健康に悪影響があり、健康上の悪影響を最小にするアルコール消費量はゼロとされています。一方で、各種ガイドラインでは、「節度ある適度な飲酒」なら容認としていることが多いです。適切な飲酒量を考えるにあたって、一定の解釈の幅、あるいは、不確実性があるのです。

少量飲酒のリスクの大きさはさほど大きくありません。お酒から得られる楽しみのほうが大きいと考える人が飲むのはかまいません。ただ、重い肝臓病や膵疾患であれば話は変わってきます。適切な飲酒量を考えるには、不確実性に加え、人それぞれ個別の価値観や背景疾患やその他もろもろを考慮する必要があります。「最善」は個々の患者さんごとに異なります。医師は、患者さんの個別の事情に十分に配慮して診療すべきです。ただそれは診察室内での話で、書籍ではある程度は一般化して書かなければなりません。その辺りは苦労しましたが、編集者の協力もあってうまく書けたと自負しています。

本屋さんの棚を見ても、アマゾンのランキングを見ても、いわゆる健康本は(もちろんおすすめできる本もありますが)玉石混交です。『最善の健康法』が少しでも適切な医学情報の提供に役立てば幸いです。

*1:2019年5月25日午前0時45時点で変わっている。アマゾンの紹介文って変わるんだ…