NATROMのブログ

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「生存率の上昇」と「死亡率の低下」は違います

■医師国家試験を解いてみよう。「がん検診の有効性を示す根拠はどれ?にて、『Wikipediaの「がん検診」にはbが正解であると書いてあるが…』とのブックマークコメントをenvsさんからいただきました。こうして疑問点について教えていただけることをたいへんにありがたく思います。

がん検診の有効性を示す根拠は、「b.検診で発見されたそのがんの患者の生存率の上昇」ではなく、「c.集団全体におけるそのがんの死亡率の低下」です。■がん検診 - Wikipediaには、


がん検診の有効性は、そのがん検診受診者の当該がんによる死亡率が、非受診者のそれよりも低下するかどうかで評価される。

とあります。当該がんによる死亡率の低下という部分がキモです。「死亡率が低下するってことはすなわち、生存率の上昇だ」とお考えの方もいるかもしれません。この辺りは初見殺しでして、「医師でもけっこう間違えている」理由として、"死亡率 = 1 − 生存率"という誤解があります。

"死亡率 = 1 − 生存率"ではありません。分母が異なります。死亡率の分母は集団全体*1で、がん患者以外の人をたくさん含みます。集団全体とは、「検診が開始される前の地域の全住民」「検診が開始された後の地域の全住民」だったり「がん検診を受診した人全員」「がん検診を受診していない人全員」だったりします。

一方で、生存率の分母はがん患者です。がん患者以外の人を含みません。「当院で2000年から2004年までに診断された膵がん患者」「当院で2005年から2009年までに診断された膵がん患者」とか、「治療Aを受けた子宮頸がんIII期患者」「治療Bを受けた子宮頸がんIII期患者」とかです。

死亡率の分母は集団全体ですので、たとえば膵がんの死亡率は「1年間あたり10万人あたり25人」「25人/10万人年」という感じで表現されます。パーセントだと数字が小さくなりすぎるので、死亡率ではほぼ使いません*2。一方で膵がんの生存率は「5年生存率は10%」という感じになります。治療法の評価は生存率で行います。治療法Aを受けた人たちの5年生存率が10%で、治療法Bを受けた人たちの5年生存率が20%だったら、治療法Bのほうがよい治療です*3

国家試験の問題文にある「b.検診で発見されたそのがんの患者の生存率の上昇」は、集団全体と比較しているのではなく、検診を行う前のがん患者の生存率と比較しています。生存率は集団全体と比較できません。

臨床医は治療法の評価を生存率で行うのに慣れきっていますので、がん検診の評価もつい生存率で考えてしまいます。ですが、すでに述べたように、がん検診の評価は生存率ではなく、がん死亡率で行わなければなりません。このことが十分に周知されていないのが、有効性に乏しい、あるいは、有効性が明確ではない検診が行われている原因の一つです。

ちなみに1 − 生存率を表す言葉で「致命率(致命割合)」というものがあります。詳しくは■死亡の指標とsivad氏の誤り - Interdisciplinaryを参照してください。致命割合のことを死亡率と呼ぶこともなくはないですが、厳密に言えば誤用です。

最後に、envsさんをはじめとしてコメントをくださったみなさまに、改めて感謝いたします。ありがとうございました。「なとろむは間違っている」などと突撃されたら反撃もしますが、「あれ?こうだと思っていたけど違うのかなあ」という方に殴り掛かるようなことはしません。ぜひ、気軽に疑問点を表明してください。

*1:細かいことを言うと集団全体×単位時間が分母

*2:細かいことを言うと集団全体×単位時間が分母なので数字が大きくてもパーセントを使ってはいけません

*3:ついでに言えばただ生存率といったときには全生存率を指し、死因は問いません。がんで死のうが治療の副作用で肺炎を起こして死のうが交通事故で死のうが、死亡は死亡です。一方で、膵がんの死亡率は膵がんで死亡した人だけをカウントします