NATROMのブログ

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高価な「先端医療検査」の実力は?

研究途上にある医療を高額な対価をとって提供する医療機関がある。記憶に新しい例では■クリニックで行われた臍帯血投与に意味がない理由で紹介した臍帯血投与である。ある種の血液疾患に対する臍帯血投与は標準医療だし、臍帯血由来の幹細胞を利用した再生医療はきちんとした研究の対象である。しかし、クリニックで提供された臍帯血投与にはまったく意味がなかった。

研究途上の、言い換えればまだエビデンスに乏しい医療は、治療のみならず診断にもあてはまる。具体的には、



■高城剛氏が語る「最先端医療の衝撃」(高城 剛) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)



にて紹介されている「先端医療検査のひとつ」であるところの「血中エクソソーム内のマイクロRNA検査」がそうである。医療機関によっては保険外診療(全額自己負担)として数万円から数十万円で提供されている。

血液中のマイクロRNAを調べることでがんの早期発見ができるのではないかと期待されているのは事実である。国立がん研究センターでも研究されている。しかし、研究中であるということは、いまのところは実用化はされていないわけである。もしかしたら研究の結果、実用には耐えられないことが将来判明するかもしれない。研究とはそういうものである。

未だ実用化されておらず臨床的意義は不明であることを十分に情報提供し同意を得た上でなら、数万円の対価を取って検査を提供する自由もあるだろう。しかしながら、高城剛氏が話を盛ったり独自解釈をしたりせず正確に伝えているのならば、上記リンクした『現代ビジネス』で紹介されている事例はインチキである。高城剛氏によれば、マイクロRNAが膵臓がんの『ステージ−1(マイナス1)』という状態で、遅くとも1年以内にすい臓がんが発症する確率が9割以上ということを示していたそうである。




「僕のマイクロRNAは、早ければ数ヵ月、遅くとも1年以内にすい臓がんが発症する確率が9割以上ということを示していました。本当にびっくりした。もちろん自覚症状はないし、その前に人間ドックで受けた腫瘍マーカー検査でもまったく問題はなかったのに、です」
(中略)
「同時期に『マイクロアレイ』という遺伝子の損傷状態を調べる先端検査を受けましたが、遺伝子レベルでの損傷は見られなかった。さらに高性能のMRCP(胆嚢・すい臓に特化したMRI)やエコーなど、視覚化できる先端技術でもがんは発見できなかった。

一般的にがん細胞が上皮細胞内にとどまっている初期の状態をステージ0と言いますが、僕の場合はいわば『ステージ−1(マイナス1)』という状態だったわけです」



画像診断が不可能なほど小さい膵臓がんをこのような精度で診断できる技術は現在の地球上には存在しない。ある検査が陽性だと「1年以内にすい臓がんが発症する確率が9割以上」であると、どうやったら証明できるかを考えてみればよい。すでに膵臓がんを発症している人をいくら集めて検査しても証明できない。まだ膵臓がんを発症していない人をかたっぱしからマイクロRNA検査をして、マイクロRNA検査陽性かつ画像検査で陰性だった人を1年間追跡調査しなければならない。確率が9割以上と言うからには最低でも10人は必要だろう。

では、どれぐらいの人数にマイクロRNA検査を行う必要があるだろうか。50歳台の日本人男性の膵臓がんの発症率は人口10万人年あたり約20人強ぐらいである*1。5万人検査してやっと膵臓がんの症例が10人ちょっと得られる計算になる。膵臓がんの発症率の高い高齢者を対象にしても数千人を検査しなければ、「1年以内にすい臓がんが発症する確率が9割以上」などという結果は得られない*2。そのような大規模な研究を行っておきながら未発表なんてことがあるだろうか。

既に膵臓がんと診断された人(当然、画像検査で陽性)をたくさん集めてどのぐらいがマイクロRNA検査で陽性になるかという研究であればすでになされている。がん患者を対象にした検査で正しく検査陽性となる割合を「感度」と呼ぶが、報道によれば、95%以上が陽性になるという*3。結構いい感じだと思うじゃん?ところがそうでもないんよ。同じく報道によれば、がんでない人を正しくがんでないと診断する割合「特異度」は83%である。つまり、がんでない人100人に検査すれば83人は正しく陰性という結果になるが、17人は誤って陽性になってしまうわけ。

そこで問題です。感度95%・特異度83%の検査を一般集団に行って、陽性と出た人の中で実際にがんである人の割合(陽性反応的中割合)はどれくらいでしょうか。

これは一般集団における膵臓がんの有病割合にもよる。今後1年間に発症する人をがんの有病者とすると、先に述べたように高城剛氏の年齢ではだいたい20人/10万人ぐらいである。つまり10万人にかたっぱしからマイクロRNA検査をすると、本当に膵臓がんである20人中19人が検査陽性となる。一方で膵臓がんでない人9万9980人のうち、誤って検査陽性と出る人は約1万7000人だ。

50歳台の日本人男性のマイクロRNA検査で陽性と出た人の中で実際に膵臓がんである人の割合は、約1万7020人中の19人、約0.11%である。高城剛氏が受けたマイクロRNA検査が、現在の地球上に存在しないオーパーツ的な検査ではなく、国立がん研究センターで研究されているのと同程度のものであれば、高城剛氏が遅くとも1年以内に膵臓がんが発症する確率は9割ではなく0.11%程度である*4。ちなみに感度99%、特異度99%まで改良したとしても、陽性反応的中割合は1.94%である。

高城剛氏は、高濃度ビタミンC点滴をされた上で、3ヵ月後にマイクロRNA検査を受けた。「がん発症リスクは大幅に下がっていました」とのことで高濃度ビタミンCが効いたと高城剛氏は解釈したようだが、実際のところは、もともと膵臓がんでもなんでもなく、平均への回帰によってマイクロRNA検査の結果が変わっただけのように、私には思われる。

日常診療において、保険外の検査が必要になることはあるが、あくまでも例外的な事例である。自費診療の治療を行っているような医療機関が提供する「先端医療検査」のほとんどが臨床的意義に乏しい。検査だけならお金を失うだけで健康被害に遭うことはないだろうが、異常が出たと不安を招いてエビデンスのない高価な治療に誘導する手法もよく見られる。高額な医療を受けるときには「すごく効果があるとしたらいったいなぜ普及していないのか?」と考えてみよう。


*1:がん情報サービスグラフデータベースより

*2:細かいことを言うと血液検体を採取、保存しておいて、膵がんを発症した人と対照群のみを検査する方法はある。だとしても数千人、数万人もの検体を適切に保存しておかねばならない

*3:https://www.dailyshincho.jp/article/2017/08260802/?all=1&page=2

*4:他の検査で陰性であったので実際には0.11%よりもっと低い