NATROMのブログ

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若年性脳梗塞が増えているというのは本当か?

日刊ゲンダイDIGITALに若年性脳梗塞についての記事が載った。「若年性の患者数はこの10年で5割も増えている」のだそうだ。



■患者数は10年で5割増 ゆとり世代で「突然死」急増のナゼ | 日刊ゲンダイDIGITAL


 脳梗塞といえば中高年以上の病と思いがちだが、最近20、30代に増えているという。テレビ東京アナウンサーの大橋未歩(発症時34)など、30代前半の発症例も珍しくないが、ここ数年、ゆとり世代の脳梗塞患者が目立つというのだ。

「いわゆる『若年性脳梗塞』は医学的定義では50代未満です。ただ近年、ストレス要因を中心とした20代の発症例は増えています」(山野医療専門学校副校長で医学博士の中原英臣氏)

 年間7万人が死亡する脳梗塞のうち、若年性は約1割。若年性の患者数はこの10年で5割も増えている。



臨床的な感覚では若年性脳梗塞が「10年で5割増加」しているようには思えないので調べてみようとしたが、日刊ゲンダイDIGITALの記事には根拠となる文献や数字が挙げられていない。ネット上で検索すると「最近10年間に1.5倍に増えているとの研究もあるそうだ」などいう記載は見つかるが、やはり文献にたどり着けない。

若年性脳梗塞の発症ではなく死亡数であれば、政府統計のサイト*1で調べることが可能である。現時点で最新の平成26年、および、10年前の平成16年の年齢(5歳階級)別の脳梗塞による死亡数を比較してみた。






「保管統計表 死亡 死因  第5表 15歳以上の死亡数,性・年齢(5歳階級)・死因(選択死因分類)・配偶関係別」より作成。



少なくとも若年性脳梗塞の死亡者数はここ10年では増えていない。むしろやや減少気味である*2。記事タイトルの「突然死」とは、記事本文からは脳梗塞による死亡だとしか読めないのだが。なお、脳梗塞に限らず脳血管障害全体であっても、あるいは急性心筋梗塞や不整脈および伝導障害でも、若年層の死亡数は「急増」していない。

「突然死」というところには目をつぶって、日刊ゲンダイDIGITALの記事の「10年で5割増加」というのは死亡数ではなく患者数であるとしよう。「脳梗塞を発症する患者数は5割増えたが、治療法や診療制度が改善された結果、発症しても死亡に至ることが減り、結果的に死亡数は微減した」という可能性はなくもない。一方で、実質的な若年性脳梗塞の患者数はあまり変わらないが、検査方法や診断機会が増えたため、見かけ上の患者数が増えたという可能性もある(韓国の甲状腺がんの「急増」はそのパターンである)。

脳梗塞治療の進歩や若年性脳梗塞のリスク因子を考えるに、見かけ上の患者数が増えただけである可能性が高いと私は考える。脳梗塞治療は、他の医療分野と同様に少しずつ改善はされてきているが、「発症は5割増しだが死亡数は変わらない」ほどのブレイクスルーは聞かない。また、若年性脳梗塞の原因は、通常の脳梗塞と同じく動脈硬化のほか、動脈解離、もやもや病、抗リン脂質抗体症候群などであり*3、やはり10年で5割増加は考えにくい*4

日刊ゲンダイDIGITALの記事には、心理学博士だという鈴木丈織氏のコメントも載っている。




 20代半ば〜後半のゆとり世代がなぜ突然死するのか。心理学博士の鈴木丈織氏が言う。

「ゆとり世代の特徴として、親に甘やかされてきたこと、学校の規則も緩く伸び伸び育てられてきました。ストレス耐性が身に付かなかったのです。社会に出て、上下関係や厳しい規則を持った上司、先輩とのやりとり、存在そのものがストレスになっています。同僚と比較されたり、失敗をとがめられるたびに血管の萎縮を加速させているのです」



私が調べた範囲内では、鈴木丈織氏の主張を裏付けるような医学的根拠はまったく発見できなかった。いったいどのような方法で「同僚と比較されたり、失敗をとがめられるたびに血管の萎縮を加速させている」ことがわかったのか、たいへんに興味がある。


*1:■政府統計の総合窓口 GL01010101

*2:厳密に言えば死亡者数ではなく死亡率で比較するべきであるが、死亡率でも増えていないことは確認した

*3:若年者脳卒中診療の現状に関する共同調査研究若年者脳卒中共同調査グループ(SASSY-JAPAN)、 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke1979/26/2/26_2_331/_article/-char/ja/

*4:あるいは、「全年齢の脳梗塞の発症/死亡に占める若年性脳梗塞の割合が5割増えた」という報告を、「若年性脳梗塞の患者数が5割増えた」と誰かが誤って伝えたものが広がっている、という可能性もありそうだ。マスコミ報道の際に、もともとの数字の意味が誤って伝えられることはよくある。