NATROMのブログ

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そんで、結局のところ、甲状腺癌の患者数は?

福島県の子供に対する甲状腺検査において、2次検査で細胞診を施行された76名のうち、真に甲状腺癌であるのは何人か。既に3人の診断が確定しているため、3人以上だ、とは言える*1。前回のエントリーでは、陽性反応的中割合と「100%引く偽陽性率」を取り違えて計算してはいけないとは述べたが、じゃあ結局のところ甲状腺癌は何人ぐらいなのか、という話はしなかった。

細胞診で悪性または悪性の疑いがあるとされた10人中、既に3人が甲状腺癌と診断されている。となると、残り7人も甲状腺癌である可能性はそれなりに高いと考えられる。一方で、手術という侵襲的治療を行うからには癌を強く疑う所見(たとえば腫瘤のサイズが大きい、細胞診の結果が「悪性の疑い」ではなく「悪性」である、など)もあったはずで、まだ手術がなされていない7人については先に手術された3人よりも甲状腺癌である可能性は低いとも考えられる。

感度90%(偽陰性率10%)、特異度90%(偽陽性率10%)、検査陽性10名、検査陰性66名という数字から推測はできないだろうか。実は、前回のエントリーを書くにあたって、当初は以下のような問題を作っていた。


問題:甲状腺癌の2次検査の細胞診検査において10名が悪性、66名が良性と診断された。この検査の感度は90%(偽陰性率10%)、特異度は90%(偽陽性率10%)である。細胞診検査を受けた計76名のうち真に甲状腺癌であるのは何人か?




診断陽性10人、診断陰性67人(計76人)、感度90%、特異度90%とすると、真に病気の人数は?


陽性反応的中割合、陰性反応的中割合、事前確率(有病割合)*2は未知である。検査の感度・特異度が一定でも、事前確率(有病割合)が変われば陽性反応的中割合も変わる。そのため、当初は問題の答えとして「事前確率(有病割合)が不明であるので陽性反応的中割合も不明である。よって、この条件だけからは真に甲状腺癌である患者数は計算できない」と書いた。

しかし、表を見ているうちに、「もしかしたら方程式を立てれば解けるんじゃね?」と思えた。前回のエントリーに対してのコメント欄やブックマークコメントでも同様の指摘を受けている。実際にやってみたら、普通に解けた。病気ありの合計(真に病気の人数)を x とすると、感度・特異度は既知であるので、2かけ2表は以下のようになる。





真に病気の人数を x とした場合の2かけ2表


式は二つできるがどちらも結局は同じ式である。


・診断陽性:0.9x + 0.1(76-x) = 10
・診断陰性:0.1x + 0.9(76-x) = 66


方程式を解くと、x=3 となる。3.125とか2.875とかではなく、きちんと割り切れて3である。なんだこれ。なんか気持悪い。あまりにもできすぎなので、どこか間違えたかと思って何度も計算しなおしたけれども、たぶん正しいと思う。なんか間違っていたらご指摘してください。





真に病気の人数が3と仮定すると、感度、特異度、診断陽性者数、診断陰性者数が矛盾なく説明可能


そもそも、「感度90%特異度90%」という数字からして大雑把で今回の例に適用できるかどうかは明確ではない。さらに、上記の計算には既に3人が甲状腺癌と診断されているという情報は考慮されていない。ベイズの定理を使えば、この情報を加味した上で真に甲状腺癌である患者数の期待値の計算は可能なのかもしれないが、私の手には負えない。3よりも大きい数字になることは絶対に確かであろうとは思う。ただ、「診断陽性10人、診断陰性66人(計76人)、感度90%、特異度90%」という条件のみを考えるなら、真に甲状腺癌の人数として3人というのはありそうな数字だとは言える。

感度90%、特異度90%という、それなりに正確そうな検査で10人も診断陽性が出ておきながら、真陽性者がたった3人であるというのは直感的には正しくなさそうに思える。しかし、■特異度と偽陽性率と陽性反応的中割合とで論じたように、この手の問題ではしばしば直感は役に立たない。比較的わかりやすいと思われる説明は以下である。



検査を受ける76人が全員、真陰性者であると仮定しよう。特異度90%、つまり偽陽性率10%であるから、76人中、7.6人は検査陽性と出てしまう。ということは、76人中検査陽性者が7人とか8人とかであったなら、真陽性者がゼロであってもおかしくはない。実際には、検査陽性者数は10人であった。ということは、真陽性者はゼロではないだろうが、かといって9人や10人とかいうこともおそらくないであろう。


今後、細胞診検査で陽性であったが手術されていない7名や、細胞診検査では陰性であったが甲状腺に結節を有する66名は、慎重に経過を観察され、中には手術を受ける人もいるであろう。結果、甲状腺癌であったりなかったりすることが徐々に明らかになっていくだろう。甲状腺癌と診断される人数は現在の3人から、増えるかもしれないし、増えないかもしれない。ただ、3人のままで増えなかったとしてもそれほど不思議なことでない、という点をこのエントリーの結論としたい。前回のエントリーで指摘したように、陽性反応的中割合と「100%引く偽陽性率」を取り違えるという誤りに陥れば、3人で済むはずはないと思い込んでしまう。もし、将来において、この76人の集団の中から甲状腺癌と診断される人数が3人のままで増えなかったとしたら、「たった3人のはずがあるか。当局は隠蔽しているに違いない」などという主張も出てくるであろうが、あらかじめ反論しておく。


*1:細かいことを言えば病理診断の正確性についての議論も可能だが、一般的には術後の病理診断が診断のゴールドスタンダードとされる

*2:この場合の有病割合の分母は「2次検査で細胞診を施行されたすべての子供」であり、「スクリーニング検査を受けたすべての子供」ではないことに注意