NATROMのブログ

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死の淵から蘇ったのは混合診療のおかげ?

JB pressに■混合診療のおかげで私は死の淵から蘇った 日本が禁止する本当の理由〜清郷伸人氏・著者インタビューという記事が載った。日本で混合診療が原則禁止されているのは「医師会と厚生労働省の既得権益を守りたいがため」であり、激しい言葉で言えば、「混合診療を禁止するというのは、厚労省と国による間接的な殺人じゃないか」という主張である。

なるほど、混合診療禁止にはデメリットはある。しかしながら、混合診療を禁止せず解禁することにもデメリットもあるのにその点についてはほとんど触れられていない、あまりにも一面的な記事であった。混合診療解禁のメリットとデメリットについてはすでに述べたが、デメリットのうちの一つ、混合診療が解禁されれば質の低い医療が行われる点、および、そのデメリットを回避する方法について今回はやや詳しく述べようと思う。


混合診療のおかげで死の淵から蘇ったわけではない

「混合診療のおかげで私は死の淵から蘇った」という患者さんからの訴えは心に強く響くが故にJB pressの記事に説得力を感じた読者もいるのではないか。なるほど、「海外で認められている標準治療だけれど、日本では認められていないという治療法」を併用したおかげで助かったという患者さんも探せばいるであろう。しかしながら、混合診療解禁によって不利益を被る患者さんもおり、混合診療解禁の是非を考えるにはメリットとデメリットを勘案すべきである。

さらに言うなら、JB pressで述べられている清郷さんのケースにおいては、「混合診療のおかげ」で死の淵から蘇ったわけではないと思われる強い証拠がある。清郷さんは腎癌摘出後に頭と首の骨に転移していることが判明し、保険診療であるインターフェロン治療に併用して、免疫療法の一種である活性化自己リンパ球移入(LAK)療法を受けた。

活性化自己リンパ球移入(LAK)療法は保険適応外であるので、同時にインターフェロン治療を受けると混合診療となる。ルールに従えば全額自費となるが、それを不服として清郷さんは国を相手取って訴訟を起こしたわけである。現在のところ、「治ったわけではないが悪くなってはいない」ということで、「インターフェロンとLAK療法との併用が功を奏した」と、清郷さんは認識している。

日本において主に自費診療クリニックで行われている免疫療法については、非常に高額な対価を取るにも関わらず、効く証拠はほとんどない。LAK療法についても同様である。「効く証拠がない」どころか、「効かない」という報告もある。たとえば1995年にCancerに掲載された、進行腎細胞癌を対象にIL-2(インターロイキン2)単独療法とIL-2+LAK療法を比較した無作為化試験*1によれば、反応、生存ともに両者に有意差なしであった(肺毒性pulmonary toxicityはLAK療法群に多かった)。

私が探した範囲内では、進行腎細胞癌に限らず、癌に対してLAK療法が効果があるという良いエビデンスは存在しない。清郷さんのケースは、別にLAK療法を受けなくても、保険診療であるインターフェロン治療だけでも同様の効果が得られていただろうと私は考える。そうだとしても、清郷さんや、あるいは医療について詳しくない川嶋諭氏*2が、「インターフェロンとLAK療法との併用が功を奏した」と思い込んでしまうのは無理もない。患者さんは治療を受けた後ですら、その治療の質を評価するのは困難である。


混合診療全面解禁で質の悪い医療がはびこる

もし仮に混合診療が全面解禁となったとしよう。なるほど「海外で認められている標準治療だけれど、日本では認められていないという治療法」がやりやすくなるというメリットはある。だが、そのような治療を行えるのは大学病院などの一握りの医療機関に限られる。しかし、知識のない医師であってもLAK療法のような高価であるが効果のあやふやな「最新治療」なら可能だ。

これまで保険診療のみを行ってきた医療機関の中には、儲けるために混合診療に手を出すところが出てくるだろう。また、これまで全額自費で診療を行ってきたクリニックも、検査や入院を保険診療で行うところが出てくるだろう。効果の無い治療を行うような医療機関は競争に負けて淘汰されるであろうか?もしそうなら、現行の自由診療クリニックであっても淘汰されているはずであるが、実際には逆である。川嶋諭氏は、



 混合診療を入れたくない最大の理由は、保険と非保険治療を組み合わせて最も効果の高い治療方法を工夫した医師に患者が集まり、そうでない医師が困ってしまうということだろう。しかし、競争のない世界には成長もない。


と述べた。確かに競争は起こる。勝つのは、最も効果の高い治療方法を工夫した医師ではなく、いかにも効きそうと患者に思わせることができた医師である。医学文献を引いて「LAK療法にはエビデンスが無い」なんてほとんどの患者は調べることはできない。このあたりのことは■医療と自由競争で詳しく述べた。


混合診療は部分的に解禁すべきだし、既に部分的に解禁されている

混合診療を全面解禁すると質の悪い医療がはびこるとしても「全面」でなければいいのではないか。清郷氏はこう述べる。



 また、混合診療をどの医療機関でやっていいとも思っていません。ある程度の実績のあるしっかりとした病院のみでできるようにすれば、それだけでも大きな進歩です。がんセンターや大学病院など大きな医療機関だけでも開放すれば、ぜんぜん違うと思います。


その通りである。というか、既に似たような制度はある。清郷氏も知っているはずだ。「評価療養」と言って「先進医療(高度医療を含む)」「医薬品の治験に係る診療」「薬事法承認後で保険収載前の医薬品の使用」などについては、「療養全体にかかる費用のうち基礎的部分については保険給付をし、特別料金部分については全額自己負担とする」ことが認められている*3。要するにこの部分においては混合診療は解禁されている。

何でもかんでも解禁というわけではなく、「有効性、安全性、効率性、社会的妥当性、将来の保険導入の必要性等の観点から検討」「安全に実施できるよう、施設基準を設定」された上で保険診療との併用が可能になる*4。「混合診療解禁で質の悪い医療がはびこる」ことは避けられるし、「将来の保険導入の必要性等」を検討することが明示されていることにより将来において保険診療が縮小されるおそれも最小限にできる。

むろん、現状が理想的というわけではけっしてなく、海外で標準医療となっているのに評価療養に入っていないものはたくさんある。真に患者の利益を考えるのであれば、科学的根拠がありそうな治療法についてはどんどん評価療養に入れて検討するべきだと思う。しかし、私の知る限り、混合診療解禁派でかような主張をしている人はあまりいない。この方法だと、保険診療が縮小されるどころか、拡大するからだと思う。

当たり前だが、厚生労働省も日本医師会も、評価療養の範囲内での混合診療には反対していない。一方、保険診療が拡大すると不利益を被る人たち、具体的には財務省や経団連は、保険診療が縮小されるかたちで混合診療が解禁されるのが望ましいと考えるだろう。混合診療のデメリットや評価療養の制度について不案内な人たちに「混合診療解禁に反対する連中は既得権益を守っているだけだ」と思い込ませることができれば、さぞや彼らの利益となるであろう。


効かない治療であれば混合診療の対象から外すべき

現在では「評価療養」とされている制度は、以前は特定療養費制度と呼ばれていた。実は、LAK療法はこの特定療養費制度の対象であった。JB pressの記事にも触れられているが、「要件を満たした特定承認保険医療機関」であれば混合診療可能であったのだ。どうしても混合診療にてLAK療法を受けたければ「ある程度の実績のあるしっかりとした病院」なら可能だったのである。

JB pressの記事には厚生労働省は「LAK療法の有効性と安全性を認めていた」とあるが、そうだとしても2006年までの話である。LAK療法は2006年4月、「有効性が明らかでないとして」高度先進医療に係る療養の範囲から除外された*5。旧特定療養費制度が機能していたという証左であろう。結局は効かないとされたことについてJB pressの記事が触れないのはアンフェアだと思う。自由診療においては現在でも高価な対価をとってLAK療法が行われている点も指摘しておこう。個人的にはLAK療法に費やされるお金はドブに捨てているようなものだと思う。混合診療が解禁されたらドブに捨てられる金が増えるであろう。そんなお金があればもっと有効性が明確な治療に回したい。あるいは高額な医療費に苦しむ人の負担を減らしたい。

一方、もしLAK療法の有効性が認められていたら、今頃は保険適応となり、混合診療分を払えない経済的余裕の無い人でもLAK療法を受けることができるようになっていた。現在運用されている混合診療を部分的に解禁する制度は、混合診療を全面解禁するよりはずっとましな制度だと私には思える。議論すべきは混合診療を解禁すべきかどうかではなく、どの範囲まで解禁するかである。