NATROMのブログ

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「ガンはうかつに治療するな」は本当?

ツイッターで「ガンはうかつに治療するな!」という主張が流れてきた。まあ癌の種類や病期や患者さんの状態によっては確かにそうなんだけど、例によって標準医療を否定する内容であり、うかつに信じる人がいたらヤバそうな内容であった。転載ばかりでどこが引用元なのかはよくわからないのだが、その中の一つから引用しよう。

「日本では例外なく手術もしくは放射線治療される」という主張は誤り

■ <がんと共生するために> - 免疫力を高める


日本でガンになった人に、「何もしないというのも選択肢」といえば呆れて怒り出すかも知れません。

ところが、ガンが見つかっても何もしないというのは、ごく当たり前の主要な選択肢なのです。
それどころか、「ガンはうかつに治療するな」はごく一般的選択肢のひとつです。
とくに前立腺癌はほおって置いても害がないから、何もしない、何もする必要がないという見方が、主要な選択肢なのです。前立腺癌を放置しても、どうもならないことが海外ではわかっているからです。普通に最後まで生活できるのです。


前立腺がんに対し無治療で経過観察するという選択肢があるのは事実であるが、「前立腺癌を放置しても、どうもならないことが海外ではわかっている」というのは不正確である。どうもならない場合もあるし、途中で治療が必要になる場合もある。また、海外だけでなく、日本でだってそんなことはわかっている。



日本の病院の医師は、現在の治療では、抗ガン剤、放射線、手術がベストだといいます。 そして、100%、医者は患者を抗ガン剤漬け、放射線漬け、手術漬けにしていきます。

スウェーデンで、早期前立腺ガンの患者223人を『まったく治療せず』、10年間経過をみた結果、その間に124人が死亡しました。
しかし、ガン死だったのは、わずか19人(8.5%)。よって、研究者たちは「手術による前立腺全摘は標準的治療とはいえない」と結論付けています。

日本では、前立腺ガンで病院を訪ねると例外なく切られる、あるいは放射線を浴びせられる。
しかし、スウェーデンの医師たちはこれらの治療を「必要ない」という。だから、スウェーデンの前立腺ガン治療は「何もしない」で様子をみるだけなのです。


「日本では、前立腺ガンで病院を訪ねると例外なく切られる、あるいは放射線を浴びせられる」というのは誤りである。日本における前立腺癌診療ガイドラインから引用しよう。





前立腺癌治療のアルゴリズム(■Minds医療情報サービス内のページより引用)


日本においても前立腺癌に対して無治療経過観察は選択肢の一つとされている。「100%、医者は患者を抗ガン剤漬け、放射線漬け、手術漬けにしていきます」「例外なく切られる、あるいは放射線を浴びせられる」と書いた人は、日本の医療についてまったく知らないか、あるいは知らない人を騙そうとして意図的に嘘をついたかのどちらかであろう

「スウェーデンの前立腺ガン治療は何もしないで様子をみるだけ」という主張は誤り

スウェーデンの事例は興味深いので調べてみた。当然のごとく参考文献などは明示されていなかったが、223人中19人というヒントから元論文と思われるものを発見できた。1992年とやや古いがJAMAというわりといい雑誌に掲載されている。


■High 10-year survival rate in patients with e... [JAMA. 1992 Apr 22-29] - PubMed - NCBI


サマリーのみ読んでみた。早期前立腺がん223人を追跡したコホート研究で、追跡期間の中央値は123ヶ月で約10年間である。223人中19人(8.5%)のみが前立腺がんで死亡、124死亡例のうち105人(85%)が他の死因だった。間違いなく元ネタになった論文である。223人中124人の死亡は多いように思われるが、おそらくはコホート集団に占める高齢者の割合が多いことに由来するのであろう。

「前立腺癌を放置しても、どうもならないことが海外ではわかっている」という主張が不正確であることは、この論文からわかる。この論文によれば10年間の無増悪生存率は53.1%である。つまり、早期前立腺がんを放置すれば10年間で半数近くが増悪する。「早期前立腺ガンの患者223人を『まったく治療せず』」「スウェーデンの前立腺ガン治療は「何もしない」で様子をみるだけ」というのも誤りである。論文によれば、症状が生じた場合はホルモン療法(睾丸摘出術またはエストロゲン投与)を行ったとある。

また、ごく当たり前の話であるが、症状があったり、進行していたりした場合は、スウェーデンであっても手術や放射線療法を行う。European Association of Urology(ヨーロッパ泌尿器科学会)のGUIDELINES ON PROSTATE CANCER(前立腺がんガイドライン)*1では、「治療延期(注意深い待機)」の他に、根治的前立腺摘出術、根治的放射線療法、ホルモン療法が治療の選択肢として挙げられている。日本におけるガイドラインと大差ない。

誰が騙しているのか

以上、海外では日本と異なり癌に対して積極的な治療を行わないという主張が誤りであることを示した。こうした主張を患者さんが信じてしまうと、適切な治療が行われない恐れがある。癌に対して積極的な治療を行わないほうが良い場合もあるのは確かであるが、主治医と相談して決定されるべきものである。

「100%、医者は患者を抗ガン剤漬け、放射線漬け、手術漬けにしていきます」という文章からは、日本の医師にかかるべきではないというメッセージが読みとれる。単なる無知と善意による場合もあるのだろうが、標準医療を避ける代わりに代替医療を選択させることで利益を得る人たちがこうしたメッセージを広めている。

最初の引用は、「すてきに活き活きホルミシス健康館旬(ときめき)亭」というサイトから行った。1500円から「免疫力を高め、自己治癒力を引き出すホルミシスルーム」を利用できるそうである。「細胞膜の若返りを促進し、脳細胞、内臓、血管などの機能を回復します」と効果を謳っているが臨床的には効果は証明されていない。「医猟の殺人罠に騙されるな」などと言っている人たちは、現代医学を否定することで利益を得る業者に騙されている可能性についてはあまり考慮しないようだ。


*1:URL:http://www.uroweb.org/gls/pdf/Prostate%20Cancer%202010.pdf