NATROMのブログ

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ホメオパスの成功体験が悪性リンパ腫を見落とさせた

リスクの大きさの感じ方は、代替医療に親和性のある人との間に大きな隔たりがあるようだ。新生児にビタミンKを投与しなければ、頭蓋内出血等で死亡する確率は2000〜4000分の1である。私を含めて、ほとんどの医師は、無視できないリスクと考えるだろう。だけど、そうでもないと考える人もいるようだ。





看護師敗訴だと仮定する。支払うべき損害賠償額は請求5640万円の1/4000すなわち1万4100円が妥当だろう。*1


医師のほとんどは、大学病院などの大きな病院で研修をはじめる。入院が必要な病気、生きるか死ぬかという病気、大学病院に集まるような稀な病気から診る。風邪や下痢といった「簡単」な病気からはじめて、だんだんと難しい病気を診ていくのではない。確かに、風邪や単なる下痢は「簡単」な病気である。特に治療しなくても、いや、間違った治療をしてすら、自然に治る。しかし、「簡単」な病気の中から、「稀な」病気を見つけ出すことは難しい。稀な病気の患者さんを実際に診たことがあるという経験が、稀な病気を見つけ出すのに役に立つ。

ヤブ医者でもない限り、医師は、「稀な」病気を見落とさないように診療する。もちろん患者のためにやっているのだが、医師の誠実さを信用できない人にも、「病気を見落として訴えられたらかなわん」という医師の利己心は信用してもらえるだろう。いきおい、診療は「稀な」病気を念頭におくことになる*2。頭痛の患者さんは「もしかしたらクモ膜下出血では?」。胸痛の患者さんの「心筋梗塞の可能性は?」。そもそも、クモ膜下出血も心筋梗塞も、医師からみたら全然「稀」でもなんでもない。だが、外来にやってくる患者さんが、クモ膜下出血や心筋梗塞である確率は低い。正確な統計は知らないが、数百〜数千分の1ではなかろうか。

病気の種類は山ほどあるので、大学病院で研修したとしても、たくさんある病気のほんの一握りしか実際には経験できない。経験できない分は、情報を共有することで補う。稀な病気を経験した医師が症例報告を行うのは、情報を共有するためだ。情報を集めることで、誤診の可能性を少しでも減らす。死亡した症例からも学ぶ。教育病院では、臨床病理検討会(CPC)といって、病理解剖が行われた症例を検討する会が定期的にある。

余談だが、大野病院事件において、担当産科医が不当に逮捕されたと医師たちが「騒いだ」ことは、「稀な疾患も念頭において診療する」という医師の習性によるものだったのではないか。「仮に不当逮捕だったとしても稀な事例である。個々の医師が不当逮捕される確率なんてきわめて低いのであるから、医師たちは騒ぎ過ぎだ」との指摘があったのだが、稀な事例を見落とさないことが医師の仕事の一つである。医師の不当逮捕を稀な事例だと軽視する医師は、目の前の患者が稀な病気である可能性を軽視するであろう。

余談はこれぐらいにしよう。代替医療に親和性のある人、とくに非医療従事者は、「稀な」疾患を診た経験がないだろう。そのため、病気のリスクを小さく見積もってしまいがちである。たった8人の子を取り上げただけで「自宅出産マスター」*3を名乗る例が、わかりやすい。ホメオパシーもそうだ。ホメオパスは、ちょっとした風邪やら下痢やらは診るだろうが、本当の重症患者を診る機会はあまりない。「あかつき問題*4」では、患者が悪性リンパ腫が「治療の施しようがなく」なるまで、ホメオパスがメールなどで「指導」していたという。ホメオパスは、「なんかヤバそう」とは思わなかったのか?このホメオパスは、悪性リンパ腫の患者を診たことがないと思う。下手したら、悪性疾患も一例も診たことがないだろう。自然治癒する疾患ばかり診ていて、レメディで「治した」経験ばかり重ねてきた。もしかしたら自然治癒しない症例も混ざっていたかもしれないが、そういう症例はホメオパスから逃げていく。結果、成功例しか経験していないことで、悪性リンパ腫の症状の進行に対して「ヤバい」と感じることができなかったのではないかと、私は考える。

代替医療の提供者だけでなく、患者側についても同様である。「私には効いた」という体験談は、一例に過ぎない。予防接種の害など、現代医学の負の部分についてはリスクを過大視しているわけで、とくにリスク全般について過小評価しているわけではなさそうだ。代替医療の害については可視化されていないことも原因なのだろう。その点で、今回、ビタミンKの不投与や、悪性リンパ腫見逃しの例について報道されたことは意味があると考える。


*1:URL:http://twitter.com/HayakawaYukio/status/22411849829

*2:より正確には、重症だが早期の介入によって治る可能性が高く、鑑別にコストのかからない疾患から考える。ゆっくり診断をつけても間に合う病気は後回し。検査にコストのかかる病気も後回し

*3:URL:http://ameblo.jp/jitakusyussann/

*4:URL:http://www012.upp.so-net.ne.jp/mackboxy/Health/