NATROMのブログ

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口蹄疫ウイルスが清浄国にも遍在しているとしたら

■木村盛世医師と口蹄疫で触れたが、ツイッターやブログでの木村盛世氏の口蹄疫関連の発言について議論が起こっている。殺処分で封じ込めを狙う国の方針を批判する木村盛世氏の認識が、どこら辺に由来しているのかわかりつつある。木村盛世氏は、そもそも、清浄国という概念自体がおかしいと主張している。


■木村盛世のメディカル・ジオポリティクス カフェ: 口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から―vol.4―*1


carrierが感染源となることは前にも書きましたが、
牛の集団でも15〜50%のcarrierが存在すると
報告されています。
http://www.oie.int/eng/maladies/Technical%20disease%20cards/FOOT%20AND%20MOUTH%20DISEASE_FINAL.pdf
となればFMDは何時、どんな所で起こっても
不思議ではないのです。
それ故、清浄国(FMDfree)という概念自体がおかしいのです。


清浄国であるメリットは、私が理解するところでは、口蹄疫による生産性の低下を免れることのほか、清浄国への畜産物の輸出ができること、及び、非清浄国からの畜産物の輸入を制限できることが挙げられる。清浄国かどうかは、一定期間口蹄疫の発生がないことなどをもって、OIE(国際獣疫事務局)という組織が公式に認定する。日本では、2000年3月に口蹄疫が発生し一時的に清浄国でなくなったが、2000年9月26日に「ワクチン非接種清浄国」に復帰した*2。現在(2010年6月17日)は、もちろん、非清浄国扱いである。宮崎県で、殺処分を含む対策を必死で行っているのは、再び清浄国の認定を得るためでもある。

清浄国認定については国際的な合意事項であり、清浄国という概念を否定するからにはかなり強い根拠が必要である。「牛の集団でも15〜50%のcarrierが存在する」というのが、木村盛世氏が挙げた根拠である。どうやら、木村氏は、「清浄国の牛にも最低でも15%もの口蹄疫ウイルスを持っている個体(キャリア)がいる」と解釈したようである。キャリアはウイルスを排出するので、確かに、キャリアが存在しているのなら非清浄国からの持ち込みを制限する意味はない。口蹄疫に感染した牛の肉をデパ地下で70% off販売するのもOK*3。なお、「牛の集団でも15〜50%のcarrierが存在する」とするソースは、清浄国を公式に認定する組織でもあるOIE(国際獣疫事務局)である*4

別の解釈もあって、たとえば横浜市衛生研究所によれば、「口蹄疫ウイルス感染後に牛が口蹄疫ウイルスのキャリアとなる確率は15-50%とされます」とある*5。この解釈では、清浄国ではそもそも口蹄疫ウイルス感染は起こらないので、清浄国にはキャリアは存在しないことになる。私はこちらの解釈が正しく、木村盛世氏は誤読したと考える。ツイッター上で、この解釈の違いについての議論(?)がまとめられている(■Togetter - まとめ「口蹄疫について木村盛世氏との議論」)。

さて、仮の話として、木村盛世氏の解釈が正しく、清浄国にも少なからずキャリアが存在すると仮定しよう。そうすると、大きな疑問が生じる。キャリアが存在してるのにも関わらず、口蹄疫の発生がないのはなぜだろう?3つほど、説明を考えてみた。

1.清浄国に存在している口蹄疫ウイルスは毒性がきわめて弱い

清浄国に存在している口蹄疫ウイルスは毒性が弱く、ほとんど不顕性感染しか引き起こさないとでもいうのだろうか。ならば、清浄国に口蹄疫の発生がないことは説明できる。そうだとしても、毒性の強いウイルスの持ち込みを防ぐという意味で、非清浄国からの輸入制限は妥当だ。口蹄疫を発生させるほど毒性の強いウイルスに感染した牛の肉をデパ地下で売るのもダメである。木村氏の当初の主張と整合性がとれない。そもそも、不顕性感染しか引き起こさない口蹄疫ウイルスが存在するという証拠がない。

2.清浄国の獣医師は示し合わせて世間を騙している

あるいは、清浄国にも、本当は口蹄疫は常に発生しているのだろうか。そうだとすると、きわめて巨大な陰謀が存在すると考えざるを得ない。口蹄疫が実際に発生しているのに清浄国を認定する動機は、生産性の低下の回避ではありえず、有利な貿易上の条件(非清浄国からの輸入の制限)ということになろう。清浄国は、自国の畜産業を守るため、口裏を合わせて表向きは口蹄疫が発生していないことにしていることになる。動機は説明できるとして、実際に発生している口蹄疫を隠しおおせることが果たして可能なのか。少なくとも日本においては、表向きは、口蹄疫もしくは疑い例を発見した獣医師は、都道府県知事に届け出る義務を課せられている。となると、口蹄疫を診る可能性のある獣医師のすべてが口裏を合わせ、「見なかった」ことにして、口蹄疫の発生を隠していることになる。畜産農家も共犯者ということになろう。

3.清浄国の獣医師は間抜け

そのような巨大な陰謀があったとしてもなお、説明し難いことがある。現在の宮崎県では、口蹄疫対策に莫大なコストをかけている。2001年のイギリスでは、1兆6千億円の経費がかかったという。有利な貿易上の条件を得るために「口裏を合わせて口蹄疫の発生を隠している」のであれば、これほど巨額な費用をかけて口蹄疫対策する動機がない。非清浄国に対するポーズなら、小規模な発生を演出すればいいだけだ。もしかしたら、清浄国の獣医師たちはみな、底なしの間抜けなのかもしれない。口蹄疫は日常的に発生しているが(なにしろ、牛の15〜50%がキャリアであり、隔離も移動制限もしていないのだ)、獣医師たちは間抜けなので発生を見逃している。たまに、たまたま鋭い獣医師が発生を見つけ、大騒ぎして殺処分やらの対策を行っているというわけだ。間抜け説の有力な傍証は、OIE(国際獣疫事務局)の文書にもある。なにしろ、清浄国を公式に認定する組織が、同時に、「牛の集団でも15〜50%のcarrierが存在する」という「清浄国という概念自体がおかしい」という主張の根拠を提示しているからだ。


以上、3通りの可能性を考えたが、他に見込みのありそうな説があれば教えていただきたい。念のためにもう一度言うが、上記は、清浄国にも少なからず口蹄疫キャリアが存在するという仮定における話である。



2010年7月5日追記
このエントリーのURLを示すと同時に、「口蹄疫 清浄国という概念は欺瞞だ 本来、清浄国など存在しなかった」といった主張がなされているようです*6。このエントリーをよく読んでいいただければわかるように、清浄国という概念は妥当であると私は考えています。仮に清浄国という概念は欺瞞であると仮定すれば、獣医師や畜産農家を巻き込んだ大規模な陰謀が存在することになってしまう、というのがこのエントリーの主旨です。人並みの知性を持ち合わせている人は、そのような大規模な陰謀が存在しないことが理解できるので、背理法により、清浄国という概念は欺瞞ではないということが理解できます。陰謀論をたやすく信じてしまう残念な知性の持ち主もいらっしゃるかもしれませんが、少なくとも陰謀論を支持する証拠として、本エントリーをリンクするのは逆効果でしかない、ということをご理解してください。


*1:URL:http://kimuramoriyo.blogspot.com/2010/05/vol4.html

*2:http://www.maff.go.jp/j/syouan/kijun/wto-sps/oie6.html

*3:URL:http://twitter.com/kimuramoriyo/status/14421107494

*4:http://www.oie.int/eng/maladies/Technical%20disease%20cards/FOOT%20AND%20MOUTH%20DISEASE_FINAL.pdf

*5:http://www.city.yokohama.jp/me/kenkou/eiken/idsc/disease/fmd1.html

*6:東海アマ管理人という方のツイート。URL:http://twitter.com/tokaiama/status/17724849070