NATROMのブログ

ニセ医学への注意喚起を中心に内科医が医療情報を発信します。

B型肝炎ワクチンとホメオパシー

慢性B型肝炎は肝硬変や肝細胞癌のリスクとなる。慢性B型肝炎の多くは、母親から子にB型肝炎ウイルスが感染したことが原因である*1。現在の日本では、妊婦健診にて母体のB型肝炎ウイルスの感染の有無を調べ、もし感染があれば、新生児に抗HBs人免疫グロブリン及びB型肝炎ワクチンを投与することが推奨されている。このように日本ではハイリスクグループにのみ感染対策を行っているが、諸外国では全新生児を対象にワクチン接種(ユニバーサルワクチン)が行われている。B型肝炎ワクチンの副作用として、アレルギー反応には注意を要するが、重篤なものは報告されていない*2。日本ではワクチンの接種は強制ではないが、オーストラリアでは子へのワクチン接種を拒否して、一家が逃亡した事例が報道された。


■息子への予防接種を拒否し一家で逃亡、オーストラリア(AFPBB News)


オーストラリアの警察および福祉当局は23日、生後2日の息子がB型肝炎の予防接種を強制的に受けさせられるのを拒否し、息子ともども身を隠した夫婦を捜索していることを明らかにした。
 子どもの父親がシドニー・モーニング・ヘラルド(Sydney Morning Herald)紙に語ったところによると、子どもはシドニー(Sydney)の病院で誕生したが、父親と中国系の母親がこの息子にB型肝炎の予防接種を受けさせることを拒否。福祉当局からの申告を受けた州最高裁が両親に予防接種を受けさせるよう命令したことから、夫婦は22日に行方をくらました。


報道によれば、父親はワクチンの有害性が利益を上回る可能性を考えているとのことである。ある医療を受けるかどうかは、個人個人が十分な説明を受けたうえで、自分で判断すればよい。しかし、この事例の複雑なところは、医療を受けるのは親ではなく、子である点である。ワクチンを拒否した結果、子がB型肝炎キャリアとなり、将来慢性B型肝炎になったとして、不利益を被るのは意思決定をした親でなく子である。子に対する輸血を拒否するエホバの証人の問題と同形である。報道によれば、この両親が子どもの予防接種を拒否したことを州当局に通報した医師の1人は、「予防接種を受けなければ将来深刻な悪影響が出る恐れがあり、子どもが自分自身で判断できないうちは、子どもたちを守るのがわたしたちの義務だ」「一種の児童虐待」としているという。個人的には、公権力による親権の制限には慎重を期すべきで、B型肝炎ワクチンの接種拒否程度は容認せざるを得ないのではないかと思う。もちろん、これは程度の問題で、たとえば「今すぐ輸血をしなければ死ぬ可能性が高い」というときは公権力が介入すべきと考える。

それはともかく、B型肝炎ワクチン拒否については、オーストラリアだけでなく、日本でもあるようだ。■ホメオパシーを勧める助産師に問います(助産院は安全?)経由で、ホメオパシージャパンの相談室に「B型肝炎ワクチンから作ったレメディ」の表現があったことを知った。おそらく、以下に引用するページのことだろう。


■ホメオパシー体験談紹介


タイトル: 総合病院の医師から、生まれた赤ちゃんには生まれてすぐにB型肝炎ウイルスのワクチンを打たなくてはいけないといわれました。
投稿日: 2009/08/19(Wed) 17:24
投稿者: 女性・29・東京都・一般
現在、妊娠しています。検査でB型肝炎ウイルスのキャリアだということが判明しました。
そのせいで助産院での出産はすべて断られましたので、総合病院で出産することになりました。
総合病院の医師から、生まれた赤ちゃんには生まれてすぐにB型肝炎ウイルスのワクチンを打たなくてはいけないといわれました。
その後、3回、計4回のワクチンを打たなくてはならないそうです。
赤ちゃんにワクチンを打たないようにしたいのですが、どうしたらよいでしょうか。


片桐先生
ワクチンを打たなければいけない義務はありません。法的強制力もありません。断る場合それを言い続けるしかないでしょう。
或いはワクチンによって何らか悪影響が出た場合、全面的に病院が責任をとると言うような誓約書を求めると言うのも一つかもしれません。
しかし、病院にいる限り、ワクチンを拒むと言うのも勇気のいることだと思います。
親が肝炎キャリアでありながらワクチンを打たせないと言う事が虐待のように言われることも想像できます。
選択肢としてはワクチンを拒むか、ワクチン接種の後にホメオパスの健康相談会にかかり、B型肝炎ワクチンから作られたレメディーをとるかどちらかだと思います。
良くお考えになってみて下さい。


相変わらず酷い。もっとも酷いところは、回答者が、ワクチンを打たない結果、子がどのような不利益を被るのかを明らかにしていないことである。B型肝炎とワクチンについての知識がなければ回答する資格などないし、知識があって言っていないのなら卑劣である。ホメオパシージャパンでは、ワクチンについて否定的な情報をことさら強調し、あるいは科学的に不正確な主張を行い、ワクチンの利益についてはほとんど述べていない。正しい情報提供がなされていない状態での意思決定は無効である。質問者は、ワクチンの効果について正しく理解した上で、赤ちゃんにワクチンを打たないようにしたいと言っているのだろうか。ワクチンを打たずに子がB型肝炎に感染する可能性を心配しないのはなぜなのだろう。

「B型肝炎ワクチンから作られたレメディー」とは、B型肝炎ワクチンの代わりになるものではなく、B型肝炎ワクチンの害を減らすのを意図しているものであろう。症状を起こす物質を希釈したものが症状を抑える、というホメオパシーの原理から考えてもそうだ。まあただの砂糖玉であるが、「ワクチンを拒む」または「ワクチン接種の後にB型肝炎ワクチンから作られたレメディーをとる」という選択肢であれば、圧倒的に後者が望ましい。ただし、新生児に固形物を飲ませるのは危険であるので、投与経路に工夫をしてもらいたい。

「ワクチンによって何らか悪影響が出た場合、全面的に病院が責任をとると言うような誓約書を求める」というのは、確かに良い考えかもしれない。そんなんでワクチンを打ってくれるなら、子供のためにも、私なら誓約書でも何でも書く。それに、別に誓約書を求めなくても、副作用による健康被害が生じた場合は医薬品副作用被害救済制度の対象になる。むしろ、ホメオパスに、「ワクチン拒否あるいはレメディー摂取によって何らか悪影響が出た場合、全面的にホメオパスが責任をとると言うような誓約書」を求めた方がいい。ワクチン拒否による被害に対する公的な補償制度などないし、ワクチンによって害が起こる可能性よりも、ワクチン接種を拒否してB型肝炎による害が生じる可能性のほうがずっと高いからだ。


*1:内科学(朝倉書店)には「わが国の8割以上のHBVキャリアは出産時の母子感染によるといわれ、残りは水平感染と推測されている」とあった。慢性B型肝炎はHBVキャリアから起こる

*2:日本肝臓学会編 慢性肝炎の治療ガイド 2008