NATROMのブログ

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学会会場での自由な討論を萎縮させる徳洲会の提訴

徳洲会グループが、学会会場で発言した個人の医師に対して損害賠償を求め提訴した。


■徳洲会が損害賠償請求(徳洲新聞2009年(平成21年)3/16 月曜日 NO.663)


医療法人徳洲会および医療法人沖縄徳洲会は2月27日、第42回日本臨床腎移植学会で伊藤慎一医師(岐阜大学医学部附属病院泌尿器科)が行った発言に対し、1100万円の損害賠償を求め千葉地方裁判所に提訴した。

この事件は、1月30日に千葉県浦安市で開催されていた同学会で、呉共済病院(広島県呉市)の光畑直喜医師が自院の修復腎移植症例について発表している席上、伊藤医師が発表内容に関係のない徳洲会での移植医療に触れ、「未成年の方から移植」、「ドナー(臓器提供者)さんに関しても、知らずに臓器を取られて、それがどなたかに植えられたということに関してショックを受けられた患者さんがいる」などと事実に反した発言を行ったもの。

現在、徳洲会グループでは修復腎移植の臨床研究の準備を進め、患者さん救済の可能性を追求している。

それだけに、こうした不当な発言は、徳洲会グループだけでなく、患者さんにとっても大きな損失となり、看過することはできないと判断して今回は提訴に踏み切った。


私の知る限り、学会会場での発言に対し損害賠償を求めた例はないが、似たような事例で思いつくのが、■環境ホルモン濫訴事件である。環境ホルモン濫訴事件ではウェブサイトでの、今回の事例では学会会場での発言が訴えられた。言論に対しては、法的な手段をとるまえに、まずは言論で対抗すべきであるというのが私の認識。私は学会会場での伊藤慎一医師の発言を聞いていないので、もしかしたらまったく事実に反した発言がなされた可能性を否定するものではないが、よしんばそうだとしても、徳洲会グループは損害賠償を求める前にウェブサイトに反論を載せるなどの言論による手段を講じるべきだったと私は考える。事実と反していたとしても、学会会場での発言が、いったいなぜ1100万円もの高額な損害賠償に相当するのか、私には理解できない。何か根拠があるのだろうか。

不特定多数が見ることのできるウェブサイトとは異なり、学会は通常は専門家しか参加していないものであるし、学会会場での質疑応答は記録に残らない。それぞれの学会での雰囲気にもよるが、自由で活発な討論こそが学会の利点である。病腎移植は倫理的、医学的に解決されていない問題点があり、学会発表の際に懐疑的・批判的なコメントがつくこともあるだろう。批判に対しては誠実に答え、事実に反した発言には事実をもって反論すればいいだけではないか。付け加えて言うならば、「未成年の方から移植」はともかくとして、「ドナー(臓器提供者)さんに関しても、知らずに臓器を取られて、それがどなたかに植えられたということに関してショックを受けられた患者さんがいる」という発言に関しては事実無根というわけではない。宇和島徳洲会病院自身が、「第三者への移植」が説明されていなかった事例を発表したと報道されている。(以下、強調は引用者による)


■2患者に病名知らせず 徳洲会病院調査結果 「説明同意は十分」 病気腎移植(愛媛新聞)


また、県外の四病院から病気腎の提供を受けた五件のうち、一件で摘出患者に「第三者への移植」が説明されていなかったと明らかにしたが、調査は当該病院に任せるとした。


また、毎日新聞では、病気腎移植問題に関する厚生労働省調査班が、「摘出した腎臓を医学研究に使うと患者は思っていたのに移植に使われたことなどで精神的ショックで入院した」という事例を報じている。


■病気腎移植問題に関する厚生労働省調査班(班長、相川厚・東邦大教授)は26日、岡山、広島両県内の5病 ... (ぶつくさ、、、ひとり言!)より孫引き


また、調査班による聞き取りで、摘出した腎臓を医学研究に使うと患者は思っていたのに移植に使われたことなどで精神的ショックで入院したり、患者本人は承諾したが、承諾していない家族が怒っているケースがあった。


マスコミの報道だけではなく、厚生労働省の文書も、執刀医等と患者側との間で食い違いがある症例を挙げている。


■患者から摘出された腎臓の移植に関する調査報告書(概要) PDFファイル


次に、この事例における移植のための提供については、口頭で説明し同意を得ており、この旨が診療録に記載されている。ただし、術前の説明に係る診療録の記載、病院から調査班への説明、及び患者の家族からの調査班に対する説明によれば、患者及びその家族に対する説明内容は、癌でない場合には他の透析患者のため使わせてもらう旨に止まる。他方、術後の説明に係る診療録の記載においては、移植する意図を説明したとある。以上のことから、移植に用いる意図が、術前に患者や家族に明確に伝えられていなかったのではないかと考えられる。
そして、患者側によれば、説明を聞いて移植に用いられるとは想像だにせず、術後に電話で移植に用いたと聞くまで、医学研究などに使うものと考えていたので、術後に移植に用いた旨の連絡を受け、さらに医学的知見に反する移植に用いられたとの報道を聞いて、精神的打撃を受けたとする。
そもそも、臓器提供に係るインフォームド・コンセントであるから、十分な説明の上で文書により慎重に同意を取得すべきである。本症例で生じている行き違いは、病院側が明確に移植の意図を伝えず、及び口頭で同意を取得したことによるものと考えられる。


学会会場での一医師の発言と異なり、上記の文書はGO.JPドメインにあり、いつでも誰でも閲覧できる。「患者さん救済の可能性を追求するために不当な発言を看過できない」というのであれば、医師個人よりもまず、愛媛新聞や毎日新聞や厚生労働省を徳洲会グループは訴えるべきであろう。厚生労働省を相手にせず、医師個人を相手にするのは、学会での批判的な発言を押さえ込もうという意図があるではないか。個人にとって裁判に巻き込まれるのは、最終的に勝訴するとしても、面倒で労力を取られることだ。徳洲会に批判的な発言をすれば訴訟に巻き込まれるかもしれないのであれば、学会会場での発言に抑制的にもなろう。活発なディスカッション・発言の自由に関わる問題である。

何度も言っていることであるが、病腎移植(病気腎移植)そのものついては否定していない。病腎移植を推進するにしても、■ネフローゼ症候群から不要な臓器摘出を行ったのではないか、■B型肝炎ウイルスの感染力について誤った認識を持っていたのではないか、という過去に行われた病腎移植の疑問点に対して、医学的に納得のいく説明を行って欲しい。臨床研究としての病腎移植は大いにやっていただきたいと考えるが、疑問点が解決されないままだと禍根を残す。移植医療はデリケートな問題なのだ。